2012年06月 の アーカイブ

~CrossRoads~

npi_122_20081119_市原・小湊鉄道・n.JPG
朝から風の強い一日でした。
そのおかげで澄み切った青空に出逢えました。
昼過ぎから、久留里から養老渓谷へと走らせました。
強風で紅葉は舞散ってしまいました。
養老渓谷の紅葉はおしまいになっているとも感じます。
途中、綺麗な光と小湊鉄道のレールカーブが印象に残ったので列車が通る頃に戻ってみました。
そこには、ドラマの瞬間のような光景が・・・。

BOSO彩響ブログ 19/November/2008より

~みちのり~

npi_121_20110113_湊・東京湾観音、高木さん.JPG

命あるかぎり、後ろには未知が道となって現れてくる・・・同じ路は一つとてない・・・。
人それぞれだから一緒じゃなくてもいいじゃないか。
頑張っている人には、お空から見守られています^^

BOSO彩響ブログ13/January/2011より

~Kimiさらづ時代~

npi_120_2010010128_木更津・キハ30.JPG
僕が知っている木更津駅の姿は駅を下りて、西口の風景は本屋さんがあり、お蕎麦屋さん、不二家のペコちゃんがみまち通りの入口にある・・・その先にバーベキュー弁当のお店が。
広い通りを海の方に歩くと十字屋があり、斜めにサカモトがあった・・・。
海ではフェリーが木更津と川崎を結び、潮干狩り客で賑わっている頃だから昭和40年代の終わりごろかな?
駅を下りて海に行くとフェリーがあるわけだから、自然と人々は町中を歩くし賑わう。
東口は何にもなかった場所に西友が出来て、マクドナルドとダイエーが昭和の50年代初めの頃に出来た。
当時のハンバーガーは一個¥150だったと記憶している。
その頃のハンバーガーは珍しく、多めに買って冷蔵庫にしまって皆で大切に食べた記憶がある(笑)
今のように車社会になる前だから、駅の周辺にはたくさんの人々で賑わっていた。
その頃は、地元に物が無かったら木更津に行けばあると思っていた時代だ。
数年前に木更津そごうが無くなってしまい、街を整備していけば行くほど綺麗にはなっていくが、人が歩かなくなった今の西口はゴーストタウンのようだ。
なぜこうなってしまったのだろう・・・。
あるおばあさんが言う・・・昔、地元の頭のいい子をみんな都会へやってしまった・・・そういう子の働く場所は都会になるから地元には帰って来ない・・・それもひとつの考えだろう。
木更津は栄華象徴の一つの姿を見せてくれる。
木更津駅から亀山駅までを結ぶ久留里線に国鉄カラーの車両が三両走っている。
ノスタルジアな車両は、綺麗すぎる今の車両より風景にマッチングしている。
そこから、未来はどうあるべきかの姿のヒントに気づくのはいつだろう・・・。

BOSO彩響ブログ 29/Jan/2010より

~心づかい~

npi_119_20081009_木更津・キハ38洗車.JPG
木更津駅から上総亀山駅までを久留里線と云い地元ではなぜか知らないけどパー線の愛称で親しまれている。
JRとしては数少ない非電化路線の気動車は房総東線の頃を走っていたキハ30系が今でも現役である。
そのキハ30系は九月から順次新型に置き換えられ、お別れのときがもうすぐだ。
朝、九時前後に木更津駅付近を仕事で通過する時によく見られた洗車する風景・・・。
最近の気動車を見ると汚れが目立つから今はもう洗っていないのかなぁ。。。
この写真は2008年の10月に撮影されたもので、優しくゴシゴシこすって水を流すおじさんの笑顔がとてもよかった。
好きな仕事をしている幸せというか、そんな印象を受けた^^

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