~A road sign~
自分の道は自分で決めたい・・・でも、お互いがスムーズに安全に進むためには、守らなければならない最低限のルールがある・・・。
自分の道は自分で決めたい・・・でも、お互いがスムーズに安全に進むためには、守らなければならない最低限のルールがある・・・。
名だたる怪盗か?
その名はピンク・・・フロッグ(笑)
ピンク色の壁・・・この色に同化しょうとする蛙の能力には驚きを感じる^^;;;;;
年に一度の湊川灯篭流しのファイナルを飾るのは田舎のささやかながらの花火。
年に一度の花火撮影の日とも言う(笑)
望遠レンズで色々と試行錯誤しながら描けた一枚。
白鳥のようでもあり、鶴のようだ。
もう一度描いてくれと言われても無理^^;;;
写真は自由にその場の閃きで描くものですよねぇ~☆^^☆
木更津市のとある住宅街に小さな公園があります。
小さな感じがなんだかいいなぁ~と心に残っていて、ある夏の日に通ったら、盆踊りのステージが出来ていました。
盆踊りの夜は、住民が一つになり笑顔で過ごしているんだろうなぁ~普段はバラバラで近所付き合いがなくても、この日だけは御先祖様がみんなを引き合わせてくれてまとめているのかなぁ~とふと思った。
私が住む場所も二年に一度のお祭りが今年はあります。
懐かしい顔ぶれに会えるのが楽しみです^^
賑やかな神輿やお囃子に踊りの音が聞こえてきそうです。
皆さんもそれぞれ故郷のお祭りと懐かしい童心の自分を感じに帰りませんか?
今年の夏はいつもと違う・・・灼熱という感じがピッタリですね。
そんな日々も、もうすぐ秋の気配がやってくる。
早朝、ひょいと見上げたら電柱にカラスの親子が毛づくろいをしています。
みんなで水浴びをしたように羽根がテカテカ光っています。
今の時代、都会カラスは栄養あるものをゴミからの廃棄される生肉などでとれるために、卵の数が増えている・・・つまり養えるようになってきたと。
別に見方をしたら、命あるものを捨てる人間の方がおかしいとも言えるかな?
こうして種は伝えられていくのでしょう。
一週間後の8/13(金)から、竹内師匠の写真展「心で撮る日本の風景」〜未発表のフィルム作品より〜が銀座で始まりますね。
前の富士フィルムサロンがあった場所です。
この場所は写真校時代の選抜展をやった思い出深いです。
時間があれば初日に伺いたいと思いますが、お盆のラッシュで東京行きの高速バスは動くのだろうか・・・?
まだまだ、先生の姿から、写真からの読みを学びたいと思います^^
皆さんもぜひいらしてくださいね^^
8/15(日)はお休みだそうです^^;;;
ブログを始めて気がついたら一年経ちました。
二つのブログをかけもちでやるのは、しんどいかなぁ~とも思いましたが、コンセプトを決めておいて、それをベースに守っていくおかげでモチベーションを維持できました。
疎いブログをいつもご覧になってくれてありがとうございますm(__)m
毎日、灼熱の日々ですね^_^;
皆さんも体調に意識して気をつけて下さい。
早朝、車に水をかけていたらフロントガラスにルリシジミがやってきました。
灼熱で雨が降らずに砂漠に近い状態、水が欲しかったのか一生懸命に水を吸っていました。
予期せぬ出合いの瞬間。
ありがとうルリシジミさん、短い命の繋ぎの力になれてよかった^^
先週の火曜日の昼間に車を走行中に交通事故を起こしてしまいました。
それ以来、自分は生かされているという事を強く意識して思うようになり、生きている意味ってなんだろうと深く感じるようになりました。
師匠の竹内先生の今の姿は昔とは違うけれども、今をありのままに受け入れると前向きに進めるというのを背中から学ばせていただいています。
それには奥様の力があるからこそでもありますよね。
自分の名誉のためとかよりも、目の前に出逢った一人の方を瞬時に幸せにして笑顔にしてあげる方が凄い事なんじゃないかとも思います。
赤ちゃんは何にも出来ないけれども誰でも笑顔にさせてくれる・・・それこそ素晴らしいお手本でもあるのではないでしょうか?
ん~無害な人でい続けられればいいなぁ・・・(笑)
視野の広さと経験が重なった時、道はひとつだけじゃなく幾多にもあるのに気づく・・・。
知らぬうちに我が師匠の竹内敏信先生が校長先生に・・・^^;;;
私が教わった頃は、ビビットなフィルム、フジクロームベルピアの登場とともに竹内先生は上昇気流に乗り始め、竹内ゼミや写真芸術表現の授業で、叩き込まれた写真の意味に気づいたのは卒業して8年の歳月が経って風景を撮るようになった時です。
ゼミでの私のメインテーマは朝夕陽、スポーツ、鳥。
朝夕陽はポジのスリーブで20本以上、プリントは大四ッ切モノクロプリント最低30枚以上がノルマでした。
それを毎週金曜日の竹内ゼミの授業で先生に観ていただくわけですが、或る日、いつものようにドッサリ作品を差しだしたら、『なんで自分の作品を半年以上まともに見ていないのに、重田の写真を見なきゃならないんだ』という言葉は今でも忘れられません^^
あの頃の一生懸命の時間が自信となり今の自分を支えてくれてるとも言えるのではないでしょうか・・・。
今でも竹内先生の眼力はドキッとして恐いです、ハイッ(笑)
アガパンサス(ムラサキクンシラン(紫君子蘭))が咲く季節に南アフリカから日本人の心を一つにした感動の物語がありました。
そして彼らの戦いは日本人で出来る事の道標が示されていましたような気がします。
120分フルタイムでの試合では負けなかったが、勝負で負けた・・・だから悔しいし涙が出る・・・。
みんなよく頑張ったと褒めてあげたいですね^^
そして道は2014年のブラジル大会へと続いていきます。
そういえば、アガパンサスは南アフリカが原産の花。
毎年夏が来てこの花を見るたびに彼らの物語は語られて行くのではないでしょうか・・・。
ありがとう!侍Blue! 岡田Japan!
日本対オランダ戦は互角に近い戦いだった・・・勝利の差はサイドラインを割るボールを日本代表ならあきらめてしまうのに、オランダ代表はボールにくらいついて行く・・・その執念の差が勝利の差に近いのではないかとも感じた。
次はデンマーク戦・・・食料自給率300%、消費税25%と高いが教育や医療が充実している国。
ある意味、未来の日本のあるべき姿のひとつの道標かもしれない。
昭和32年だから50年以上前からデンマーク人と日本との関わり合いがある町があるのを知った。
ヨハネス・クヌッセン機関長の勇敢な行動に感動、せめて彼の魂を弔いたいと供養塔を建て、住民が交互に献花清掃をして、絶やすことなく慰霊の気持ちを捧げ続けているお話には胸が熱くなった。
千葉県の御宿町にも約400年前の1609年(慶長14年)9月、スペイン領フィリピンの臨時総督の任務を終えたドン・ロドリゴら373名を乗せた帆船サン・フランシスコ号が当時スペイン領メキシコへ向かう途中に嵐に遭遇し御宿沖で座礁。
御宿の人たちは遭難者たちを救出し、献身的に介抱を行ったことから今でも日本とメキシコとの交流が続いている。
困っている時には、人種は関係ない。
みんな根っこは優しいんだ。
シンプルにお互いを認め合えば平和になるのかも知れませんね^^
サッカーワールドカップ南アフリカ大会の日本対カメルーン戦、松井選手のクロスから本田選手のゴールで勝ちましたね^^
ようやくチームとしての練習時間が大会直前の合宿で心が一つになれた、この時間がかけがえのないものだったのでしょう。
ブルームフォンティーンでの試合後に日本人カメラマンがカメラ機材やパスポート入りのリュックを三人組に盗られたとか、テレビで見えない部分で色々あるようです。
今回は高価な機材を持って行動するメディアが襲われている強盗が多発しています。
当たり前ですが、鴨がネギを背負ってきてくれた様なものです。
もし、予定通りに自分が行っていたら同じように襲われる可能性は高いです。
今回の南アフリカへは95%行く予定でしたが、最後に残り5%の撤退を選択した自分は間違っていなかったという確信はあります。
撤退するのを意気地ないと捉えるか、勇気あるかと捉えるか?というと今回の場合は後者ですね。
未来へ向かって前に進むための撤退もあるのですから・・・それにしても日本は平和だなぁとしみじみと感じます。
土曜日の日本対オランダ戦は、より気合いを入れての戦いを楽しみたいと思います^^
六月にしては涼しくカラッとした夜・・・自然界の動きが狂い始めたのか、虫達の動きがいつもと違う。
この時季ならば、週末に草刈りをしていれば必ずあるはずのアシナガバチの巣、威嚇してる姿。
餌となる虫が少ないのか、一生懸命に探している姿が目につきます。
デジタルから徐々にフィルムに戻りつつあるこの頃、初めて自分で買ったCanon NEW F-1は今年で21年目。
もう二度と使う事は無いと思っていたのに、デジタルの便利さから遠ざかるために再び使い始めました。
自分の指でフォーカスを合わせて、心の露出計で明暗の表現したい方向を決めて、シャッターを切った後に親指で巻き上げる・・・シンプルに写真機を操る楽しさを今のデジタル家電カメラは捨ててしまったのは寂しいなぁ~という気がします。
ふと、高額なプロ機のデジタルカメラは21年後も現役で使えるのってあるのだろうか・・・?
6月になり、綺麗な夕焼けと出合える日々が始まりました^^
でも今の季節と思えないような朝晩の冷え込みに、カラッとして過ごしやすい日々。
昨年から南アフリカのために集中してきたが、無くなってしまい心にぽっかりとするものを感じます。
撤退するというのは、ギャラが無くなるという苦渋の決断。
眼に道は見えないけれども、未来への道には繋がっているものと確信しての答え。
さて次に向かい、がんばろう^^
またしても断念・・・昨夏のベルリン世界陸上、サッカーワールドカップ南アフリカ大会の撮影が・・・。
今回は場所が場所だけに100%の安全の保障は無いという。
自分でボディガードを雇わねばならないし、そんな金は無い。
今回の大会で安全な場所は競技場のみで、それ以外はデンジャランスゾーンだ。
南アフリカ全土からの警官は競技場の警備にやってくる・・・競技場以外は・・・誰もいないようなもの。
数少ない大型のバスとかは、大会のお偉方が借りきっているので一般の観客の交通網も無いような場所だ。
昨年にこのお話をいただいてから、ギリギリまで検討を重ねてきたが、今の自分の立場からは命をとる。
昨年、南アフリカにスポーツ競技の取材に行った方の話では、ネット回線が超アナログで、これなら伝書鳩を飛ばした方が早いと真剣に考えたほどだから、今回プレスセンターが機能するかは未だに謎だし大会が開催されるのかも謎だ。
日本のプレスはメディアツアーを組んでの安全な団体ツアーだが、外国からの依頼で行く私は何があっても自己責任のみ。
Npiを卒業してサッカーJリーグを撮影していた頃の夢が目の前にあったけれど・・・悔しいけれと、撤退する・・・。
シンプルに波が来て全力でダッシュ・・・童心の気持ちは永遠に忘れたくない・・・。
藤の華は天から見守るように咲き、風に逆らわずそよいでいる・・・なおかつ、その存在感は心を魅了します。
フジイグラフィを知ったのは80年代の終わりの頃の写真雑誌だったと記憶している。
日本写真芸術専門学校に入学したのが1990年。
特別講義に藤井先生のFグラがあるのを知ってサプライズした。
わずか数回、藤井先生とお会いした印象は、哲学者でもあり寡黙な人という感じでしたが短い詞で伝えるのは重みがり、スムーズに心に染み入ったのを憶えている。
もう20年という歳月が流れてしまったのだなぁ~とふと思った・・・私もその分だけ歳を重ねたわけだ。
新しいものを追求するのが芸術家たるものというのをFグラの授業から学んだ時でもあり、決して人を責めずにヒントを投げかけてくれる姿勢はいまでも見習いたいです。
あの頃は短かった授業でしたが、出合えた一瞬にとても感謝しています。
藤井校長先生、安らかにお眠りください。
天国で秋山先生と出合えたのでしょうか・・・?
どんな世界にも憂いを帯びたドラマがある・・・。
桜の頃も過ぎて、薫る風の頃に・・・。
薫る風という詞を初めて教えられたのは、写真学校時代の竹内師匠の授業。
それって何?という私でしたが^^;;;
ちょうど今頃というか、八重桜が満開の新宿御苑で撮影実習。
当時の私は、風景をよくわかっていなくて、目の前の情景に何をしたらいいかわからなかった。
卒業して数年は、撮影実習のアシスタントとして呼ばれていましたが、それでも風景というか自然を描くのがまったくわからなかった。
形ではなく、心で描写するというのが・・・。
ようやく何かをつかみかけてきたのが、それから数年後・・・フィルムを何千本と撮影して、結果に悩んで悩んだ果てに光に気づいた・・・。
教えられて気づくよりも、自分で悩んで気づいた果ての答えは本当の実力となる・・・あの頃の積み重ねが、今の自分の支えとなっている^^
スポーツも写真もそうだけど、何事も継続して続けていないと勘というか腕が鈍ってしまう・・・。
やはり継続して撮り続けるというのは大切で、そんなことをしなくて大丈夫という人って、無難な置きに行く失敗しない写真しか撮らないから、心ここにあらずという感じを受けます。
毎日毎日感性赴くままに撮影して、被写体を探して、キョロキョロしてウロウロするのって知らず知らずのうちに自分を成長させてくれて、その時間が未来への自分の投資となっていると思う。
今の結果ばかりを求めるのじゃなくて、今は今の自分に出来る限りの力を出し切るのが未来への自分の自信となる・・・。
NpiのFWというのは、その時間に集中するには良い時間を過ごせている環境でもあるが、それがなくても普段の生活の中で出来るのはもっと凄いと思う。
それぞれの心の持ちようだねっ^^
時を経て語り継がれるものは、今も変わることなく心に響く・・・。
今年の春、桜の開花は早かったのですが、満開になるまで寒の戻りで雪があり4月の初めにようやく満開に・・・。
フィルム時代は、人工物は入れないようにこのような風景は撮らなかったのですが、デジタル時代になってこの風景も有りだな・・・と受け入られるようになってきました。
FW5期生達はハノイに入りようやく本格的に始動という感じのようです^^
日々をプログで報告があり彼らの所在を知るなんて、一昔で言えばスパイ映画のような時代になったものですねぇ~楽しみですね☆^^☆
FW五期生のブログは人数が多いせいか、更新の頻度が高くて面白い。
四期生が帰って来たのが昨年の秋だなんて思えないぐらい、つい昨日の出来事だったのに・・・。
早いものですね~と感じるようになったのは、歳をとったせいなのでしょうか・・・。
寒の戻りの繰り返しで、桜がなかなか満開にならないですが、蕾の美しさというものに気づいたこの頃。
咲いてしまえば散るのみだが、蕾は咲き誇るという役目が待っている。
Npiを卒業して写真の仕事しか視野を持たずに、社会の一員として様々な職や自分の役目があるというのに気づいた時に写真に戻ると、意外なほど学んでいて自分の位置に気づく事がある。
人間の根っこの仕事は『生きる』というのが始まりだから、写真しかないという狭い視野に捉われないで一歩を踏み出そう。
『生きる』の次は『相手のために何が出来る?』という順で考えれば、その役目を黙々とこなしてくれた両親の感謝に気づくだろう・・・。
春に先がけて木々が芽吹く前の明るい林床で花をつけ、種を巻き・・・そして初夏には姿を消す。
その後は地下で眠って過ごす一連の早春植物の総称をスプリングエフェメラルと言います。
『春のはかない生命』、『春の妖精』とも呼ばれている・・・。
この場所を撮影出来るのも今年が最後かもと想いながら出合って来ましたが、とうとう時の政権が予算を下し、国道となるのも遠くないでしょう・・・。
ここまでの大群落は房総では宝でもあり、幻になりっつある・・・ほんとうにもったいないなぁ・・・。
足早に春はやってきた。
花々が咲きだし、枯れ色の山々もあっという間に新緑を迎えるだろう・・・。
自然の時間は人間の感覚からしたらゆったり長いけれど、別の見方をしたら人間の時間がせっかちで短すぎて答えの結果を知らないと不安な生き物だと教えてくれる・・・。
花が咲く春がゴールではないし、花が咲く時期も長い命時間の一部にしかすぎない・・・。
写真を描き、自然と対峙する心の大切さを感じられるようになったからこその学びだろう・・・。
FW五期生の出発がせまっています。
たくさんの投げ出したくなるような不安と未知の希望の間で半年後にどんな絵で自身の姿を表現出来るのだろうか・・・五期生の皆さん、スタッフのKUMA師とともに時間を学んでいって頑張って下さい。
時々、私もブログにコメントさせていただきますので楽しみにしています^^
時には自ら荒波に飛び込んでみる勇気が必要な時がある・・・。
空と海と頼るもの何一つない、空間の世界・・・己で道を創り、信じた方向に進むのみ・・・。
答えは行けばわかるし、答えを求めるものではない。
迷えば、シンプルに進めばいい・・・。

バンクーバー冬季五輪が開幕した。
天候がそっぽを向いた。
雪が降らず雨模様の春めいた陽気の冬季五輪。
テレビを通じて伝わるのは表向きの姿がほとんど。
さて、どうなるのだろうか・・・日本選手陣は長野冬季五輪のような感動を越えられるのだろうか・・・。
スノボーの選手の服装が問題になった・・・彼はアマチュアではなく、プロとしても活動している。
プロならば自分をアピールするのが当然でもある。
今の時代にあった様々な視点を認め、服装のマナーは代表に選ばれた時に教え、学ばせるのが大切ではないのでしょうか・・・?
期待されていた女子モーグルは最後の最後でメダルが逃げた上村選手。
トリノ五輪の金メダリスト荒川選手から学んだ“心のゆとり”で自分というものに集中していたが・・・。
長野五輪七位、ソルトレイク五輪六位、トリノ五輪五位、バンクーバー五輪四位・・・となると現役を続けて行ければ2014年ロシアのソチ五輪はメダル?
その前にモチベーションと体力の衰えとの戦いに勝たなくては・・・本当に欲しいものはなかなか届かない・・・でも、その努力は誰もが認める事だろう・・・一生懸命の感動をありがとうと。
そろそろ北回帰する頃の冬鳥達。
鴨の群れが海に集結しています。
ホント、自分の身体一つで数千キロも飛翔するエネルギーって凄いものだなぁ~といつも感心します。
季節は日増しに春に向かっています。
梅の花が咲き、河津桜のつぼみが膨らんできました。
植物や風景は居る場所が変わらないから、そう感じないけれど・・・もの凄い速さで時を進んでいます。
今日で一月もおしまいですね。
あと十一カ月で2011年です(爆)
そんな感じで、過去を気にしていたら月日はあっという間に。
未来を見ると遠く感じ、過去を振り返ると速く感じ、じゃあ今は?
私達は今を生きているのに、今を見つめようとしないで、過去の事ばかり反省したり悔んでいる。
まだ来ていない未来の皮算用ばかりしているから、破たんが続いている。
現在過去未来そして今というのでしょうか?
今、自分が居る位置、そこから学ぶのが大切ですよねぇ~☆^^☆
フィルムしかなかった時代は、感度が変えられないのと低感度のポジフィルムの粒子の滑らかさからとスポーツでは競技場ナイターでの照明に合わせて、ISO400のポジフィルムを+2~+3増感して最低でも1/500のシャッター速度を切りたいとの理由で、絞りが明るいレンズ中心に揃えて撮影していた。
明るいレンズで揃えるとどうしても離れられないのが重さだ。
スポーツカメラマン時代は、EOS-1ボディを2台、20-35/2.8L,28-70/2.8L,70-200/2.8L,300/2.8L,400/2.8Lにテレコン1.4倍に2倍とストロボに電池、フィルム20~40本・・・あと一脚も。
当時、運転免許を取得していなかったので往復の移動は電車とバスの公共機関。
腰に多大な負担がかかったのは言うまでもない(笑)
競技会場から最寄りの駅までは、タクシーか自家用車しか手段がない場所では、これらの機材を持ってひたすら徒歩で行く。
競技会場って駅のそばあるのはありえないから、郊外まで1~2時間かかるのが普通。
そうして鍛えられた時代って、振り返ればしんどかったけど、今の私には自信の一つになっているのですよね~何事もやって無駄な事はないし、未来の自分への励みと勉強という意味なのかもしれませんね^^
時代はデジタルになり、機材が徐々に軽くなったのをありがたいなぁ~と思えるのはあの頃頑張っていた自分がいたから。
今のだいたいのメイン機材は、EOS-1D MarkIII,7D,レンズは16-35/2.8L,24-105/4L IS,70-200/4L IS,70-200/2.8L,300/2.8L,100/2.8Macro,180/3.5L Macroとあの頃から使い続けているのは70-200/2.8Lと300/2.8L。
この2本はもう17年になろうとしていますが、バリバリの現役です^^
昨年の暮れにメインで使うレンズを落として真っ二つに・・・やっぱり機材に対しての信頼こそ大切な想いです。
メンテナンスしていただけるメーカーさんの支えにも心から感謝です^^
猫って面白くもあり、不思議なものでもある。
どんな時も自分の時間の流れを崩さないように生きているのかなぁ~とも感じる。
でも、生き物だからお腹が空いてご飯の時間になると帰って行くが・・・。
時には、野生の名残なのか、カラスを捕まえようと向かっていく。
カラスの方が羽があるから一枚上手なのだが・・・。
鳥を捕まえようとして返り討ちにあい、顔まで憶えられていじめられている猫もいる・・・その鳥はヒヨドリ(笑)
可愛いんだけれど、100%心を許しているかというと、そうでもないなぁ・・・。
デジタルを始めて撮るようになった新しい友の一人が猫でもある。
それにしても、気持ちのいい場所で昼寝しているのは羨ましい限り(笑)
いつもの夕陽時間の海道草撮影。
毎日のように歩いていて、年末にこの教会の存在に気づきました。
地元なのに知らない場所がまだまだあるものだと教えられ、気づかされました。
一日毎に陽が長くなって行くこの頃、私の目標は六月のミッションを成し遂げて無事に帰国出来るのが願いです。
さぁ~今日は、どんな出合いの瞬間との描きが待っているのか楽しみです。
皆さんもカメラと一緒に写真を撮りに行きましょうよ^^
あけましておめでしうございます。
2009/12/31の10分前にオチまして・・・(-_-)zzz
新年の朝は4時に起床・・・年越しの瞬間を寝てしまいました(爆)
2010年どんな出合いの瞬間を描けるのか、楽しみな自分がいます^^
写真を続けていれば様々な出逢いがあり、何気に気づかない事が自分を成長させてくれます。
学生の皆さんも、大切な今を思いっきり頑張って下さい。
では、今年も宜しくお願い致します^^
クリスマスも過ぎて今年もあとわずか、皆さんはどんな一年でしたか?
FW四期生との出合い、母校でこのブログを始めさせていただいたのは大変光栄でもあり、ありがたい一年でした。
写真は少しずつ進歩しているのは、日々の学びの積み重ねでありゴールは永遠に来ない。
来年は自分を追い求めて・・・永遠に辿り着けない憧れの場所に写真業界を離れたら届いた。
その答えは、来年の6月に・・・ちょっと早いけれど、皆さんよいお年を!
紅葉の最後の輝きは足元にある。
どんな路を進もうが、自分自身で選択した道は輝いている。
一歩踏み出してみなければ、答えはないわけだからね・・・。
迷ったら、一歩一歩スローに進んでみたらいい・・・時間の差はあれ答えを知るのは人それぞれの刻だから。
その先が見えたら面白くないし、見えないからこそ必要ならば自然に勉強しようとする、これが本当の学びだろうね^^
この日は、前日の氷雨で冷えた大地が夜明けとともに霧が発生して真っ白な朝。
いつもの撮影道が、普段の景色を一変させて楽しく面白い情景を見せてくれました。
海外を主戦場にされている写真家が相棒にいます。
彼と会話をしていると、よく出でくる話はプロはなんでも撮れる、撮ってこそプロだと。
日本は専門分野毎に分けてしまいますよね、それは日本人だからこその見方なのでしょうか・・・。
相棒に海外の取材方法を聞くと、最低でも一年、長くて三年のロケを重ね、最初の三カ月から一年は写真を撮らずにひたすらロケハンとここの地理にどんな植物がいて、どんな動物が住み、糞から何を食べてどんな行動ルートなのかを季節ごとに徹底的に調べてから、一年後にようやく撮影に入る・・・そうした中から撮影された動物写真の生命力あふれる迫力さは素晴らしいものです。
彼らには、それが危険だという事よりも、行ったら何か面白いものがある・・・もし危険があったら、その時に考えればいいそうです。
それを聞くと、アフリカ撮影ツアーで皆と運転手ガイド付きでちよいと行ってちょいと動物にたまたま出合えて撮影した観光写真みたいな写真とは中身とは別物です。
彼らは道が無かったら、機材と生活道具を担いで歩くのが基本だそうです。
皆さん、かって絶滅になりかけていた象がアフリカで増えすぎてるそうです。
増えたら、間引き・・・なぜそうなったのか?そこには人間の浅はかな知恵が絡んでいます。
こういった歴史の背景を勉強してから撮影をする・・・のは被写体に対する見方が変わるだけじゃなくほんまもんのジャーナリストを持った写真家が育っていくのではないでしょうか・・・。
それを聞いたら、日本人って温泉(ぬるま湯)につかっているだけだなぁ~と納得です。
そんな私も日本人だけど(笑)
意識は絶えず外に発信し続けたいです^^
Why?もっともっと写真がうまくなりたいし、もっともっと動きたいしね^^
興味を持ち、意識して気をつけて見ようとすると見えてくるもの。
カワセミはそんな鳥なのかもしれない・・・。
この翡翠のような美しさに惹かれる人も多い。
興味が無い人からしたら、鳥の一種。
この美しい翡翠色に気づくのかは、貴方の心模様なのかも・・・。
何事にも興味を持ち、今の答えよりも未来に見つかる答えの方が楽しいし、自分を成長させてくれる・・・。
理事長ブログや学校のお知らせで知り、日曜日の朝9時からNHK教育でセバスチャン・サルガド氏の番組を拝見。
う~むとうなるような時空を超えた作品、アフリカ大陸は植民地といて支配されていた平和に近い時代から、再び民族闘争という歴史へ逆戻りというものを考えさせられた。
本来関係ないアフリカ大陸に他国が作った国境という名の境界線。
終わりという未来はないのだろうか・・・永遠な貧富の差。
それぞれの心の色模様に訴えるモノクロは力強さが漂う。
今、観たいのは4期生の卒業作品展。
写真を続けていくと無難で失敗ない写真、仕事でしか撮らなくなってしまう。
そういう時期が来る前に、我武者羅に描いた彼らの写真は心の支えと未来への道標になるだろう。
来春が楽しみです^^
彼らが水面に浮かび始めた頃は、喜びに包まれていたはず・・・。
今ではもう本来の場所に帰れなくなった姿。
ふと、デジタル全盛時代のフィルムカメラに姿を重ねた・・・。
私達が今、ここにあるのもフィルムという感材を通して光を学んだからだ。
その学びは失敗の数だけ成長させてくれた。
年に一度使うか使わないかのフィルムカメラ。
空のシャッターを切るだけでも。なんだかときめきを感じるのはなぜなんだろう。
デジタルになっても無意識のうちに考えてシャッターを切るのは、36カットしか撮れないフィルムに学んだおかげだろう。
逆の見方をすれば、デジタルは安易にシャッターを押し、コピーを量産しやすくなったとも言えるかもしれない・・・。
時々、フラッグシップと呼ばれたCanon NEW F-1やNikon F2のファインダーを覗き、フォーカスリングの粘りを味わいながら獲物を捕えた瞬間にシャッターをシュートする感覚はまさに狩りに近いものを感じる。
たまにはフィルムカメラで遊んであげようっと^^
11月も中旬を過ぎようとしています。
恒例の週末大将☆ブログ更新の日です^^
あと一ヵ月半で・・・2010年(@_@;)!
うぅ~ん、来年の準備はまだ早いか(笑)
今、自分の作品が観れるのはこのブログとメインブログで毎日更新しているBOSO写真家 重田吉晴 BOSO彩響、企業カレンダーで、タカナシ乳業さんの方は自分の作風を発表させていただきありがたいものです。
写真雑誌などは興味がある方(別の見方をするとマニアの世界)しか書店で手にしませんが、企業の顔でもあるカレンダーは年に12カットを一般の方々が毎日眼にするのですから、ある意味理想的な写真展の一つかもしれません。
だから、デジタルだとかフィルムとかは関係ないし、その写真を素直に観ていただくので嬉しいものです。
そのカレンダーは学校の方に一つ飾らしていただきますので、興味がある方は来月辺りにNpiの市川さんに、大将☆のカレンダー見せて下さ~いと言ってみて楽しんでみて下さいな(笑)
少しずつ冬に向かい季節は移行していきますね。
皆さん、温かい鍋物が美味しいですよ~ラーメンもいいし、おでんも・・・食べたくなってきたわ(笑)
母の記憶・・・それぞれの料理の味付けは家庭によって、そこだけの旨さがある・・・。
小さい頃の優しさに包まれた愛情。
抱っこしてくれて、ホッとするひととき・・・。
そんな母は日本写真芸術専門学校を卒業した暮れに天に召されました。
優しくなれた今の姿で、接してあげられない心残り・・・。
大嫌いだった私の父も弱くなり、今では週に何回かお風呂に入れてあげています。
最初は、面倒くさいなぁ~と思っていたのですが、今では楽しみな一つになっています。
なぜだろう・・・。
背中・頭を洗い、手を洗う時に持つ父の手はなぜか可愛いと感じます。
そして髭剃りをしていて、ふと小さな頃は洗面所の横で父が髭を剃っているのを眺めていたのを思い出しました。
楽しみな一つになったのは、なぜだろうと想っていて浮かんだのは、自分が何もできない赤ちゃんの時に接してくれた愛情の恩返しなのかなぁ~と気づきました。
それは、私だけではないはず・・・。
いつの間にか11月ですね~今年は時が経つのがいつもより速く感じます。
17時前には太陽が沈むので、夜の訪れが早くなって来ましたね。
断崖絶壁の場所で、吹きさらしの風に打たれ波を撮影していると心が洗われてスッキリします。
空には大気のドラマが演じられていて、地球の呼吸を感じます。
房総の紅葉は綺麗を通り越して一気に晩秋の様相です。
他地域が終わる頃に房総の紅葉が始まりますので、紅葉を楽しみにいらしてみてはいかがでしょうか?
お弁当持って何も考えずに一日葉っぱで遊ぶのも楽しいですよ^^
月を弓の弦に見立てて、上にあるか、下にあるかで上弦の月、下弦の月と言われているが・・・この写真の月は日没していく間際は下にある・・・ということは月が出た頃は上にあったわけで正解は上弦の月である・・・。
物事を固定観念で縛るのは、早く結論が出せて楽だけれど、時には何で?と不思議に思い、ほんの少しでも調べてみれば新たな発見とともに自分の視野が広がって来る。
風景は見た感じは変わらないが、もの凄い早さで変わっているという視点で見たら、後で撮影しょうというのはもったいない事でもある。
大切なのは今である。
風景写真はある意味スポーツ写真に相通じるものがある・・・。
単に現場に立ってカメラをセッテイングしてシャッターを切れば、その風景は写真という形にはなっているが、では、その風景に迎えていただいたか?というと実はお客さんとして撮らされただけでもある。
私が本格的に風景写真を撮るようになったのが、1997年頃としたら、現場から迎えていただいたのは地元を撮るようになった2004年頃だったかな・・・。
それまでは、門前払いのようなただ綺麗な写真であった。
本格的に風景から心を許していただいたのは・・・2007年頃だったから、10年の修行時間がかかったわけだ・・・これを長いか短いかと感じるかは人それぞれだが・・・。
さて、何事もなければ来年の二月はバンクーバー冬季五輪撮影に行けそうです。
牛乳屋さんの仕事をしているのに、海外からこういうお話があるのはありがたいものです・・・みんなに感謝☆^^☆
だいぶ秋も深まって来ました。
先日の台風18号の風と塩害で一気に木々の葉っぱは痛んでしまいました。
朝晩の空気もひんやりと・・・。
山を散策していると、生まれたばかりの小さな蜘蛛達造った初々しい巣があちこちにたくさんあります。
誰からも教わるわけでけもないのに、立派な巣を作ります・・・受け継がれてきたDNAがそうさせているのでしょうか・・・自然とは不思議なものです。
ふと、時間を立ち止まると、あと二カ月余りでHappy New Year・・・今年はあっという間の充実した日々を過ごせています。
フォトフィールドワーク四期生は、半年間の時流から帰国して一カ月ですね。
その前年にブログで出合った三期生の皆さんもどうしているのでしょうか・・・?
これからの様々な波に流されて漂い、いつしか自分というサーフボードに乗り、このまま写真というものを人生の心の友として続けて欲しいものです^^
続けていれば何か出合いの瞬間があり道は拓けますから、迷って頑張れ~☆^^☆
光の闇にまぎれ足音もなく忍び寄ってきた。
写真家ってある意味、野良猫に似ている部分もなくはない・・・。
たとえいいシーンを描けたとしても、それは通り過ぎた過去・・・。
想いはもう次の情景に心を移してしまっている。
その想いは動ける限り永遠に終わる事はないだろう・・・。
安らぐ場所はほんの瞬きで、自ら窮地へ行くのを理解してくれるのは同じ志を持ったもののみ。
明日果てようとも、その一歩を踏み出すのはためらわない。
Cats in the rain...
☆宋理事長・熊倉局長からの御呼ばれで、10ヶ月ぶりの上京、2年ぶりの渋谷の母校にお邪魔してきました。
目的はフォトフィールドワーク4期生の帰国報告会で写真をおとなしく拝見するというのが当初の目的でしたが・・・卒業して17年経つのに、様々な方々から温かく迎えていただき嬉し楽しかった^^
18年前に報道撮影実習でお世話になった樋口副校長との語らい・・・私の中では当時のスピリッツなイメージの先生なので緊張しました(^^;;;
会話している途中まで、私をFWのOBと勘違いされていて名刺を差し上げたら・・・あ、思い出した竹内ゼミの重田だなと(爆)
ハイ、重田です^^憶えていただいただけでも光栄ですm(__)m
しかし同級生の伊藤くんがあの当時のまんまで校舎内を歩いてたのには一瞬1991年にタイムスリップしたかと、眼を疑いました・・・なんで、まだいるの?と(笑)
☆藤井校長先生からの贈り物は頑張った日々の賜物ですね、ある意味羨ましい(笑)
☆初めましてチップカリーです!と挨拶した時、サプライズした高橋さん、山本さんの表情は私の心のフィルムに永遠に焼き付いています(笑)
そしてブログを通じて遊んでいただいた、高橋さん、山本さん、お疲れ様とともにありがとう!
☆半年間の時間が凝縮した生きた写真・・・言葉以上に楽しませていただきました。
そして、がむしゃらな写真から忘れていたあの頃の気持ちを想い出させていただき感謝していますm(__)m
こりゃFW写真展が楽しみだ〜とプレッシャーをかけたりして(笑)
☆皆さん心からいい顔していますね~この輪の中に居させていただき、ほんまに感謝の気持ちでいっぱいです^^
☆久しぶりに日本デザイナー学院の岡田校長女史の素敵な笑顔に出逢いました^^
日本写真芸術専門学校に入るきっかけは岡田女史との出合いから始まり、振り返れば20年の歳月が通り過ぎていきました。
それぞれ理事長、局長、NPI・NDG・NKCスタッフの方々との最初の出合いの時期は1989〜2002年とスポット的で場所も札幌・東京国際フォーラム・アメリカなどなどとバラバラでしたが、今その方々一同が渋谷に集結しているのも何かのご縁でしょう。
これからもご指導鞭撻宜しくお願いいたしますm(__)m
人生は、人と人の出合いであり、その積み重ねが今の自分を支えているものでもあります。
その逆もしかり・・・。
さて、来年出発の五期生の皆さん、ある日突然FWブログに大将☆からコメントさせていただきますので、その時は宜しく遊んでね^^
そして最後に・・・この学校の卒業生で本当に心からよかったと、学校の空間を創っていただいた先代理事長に感謝したいと思いますm(__)m
いつの間にか今年ももうすぐ紅葉真っ盛りの十月・・・イメージは短い命を謳歌する、そんな束の間のひと時かな^^
熊倉氏を通じて出合ったフォトフィールドワーク4期生が帰国しましたね^^
半年間やり遂げたのと、もう帰ってきてしまったという寂しさが入り混じった時間を感じているのではないのでしょうか・・・。
こうして様々な出合いや異国を旅するのを導いてくれたのも、写真というものが存在していて、それを通じての道しるべみたいなものがあるからではないのでしょうか?
そう思えば写真に感謝せねばならないし、そこの行きつくまでの先人の苦労さ、さかのぼっていくと写真の始まりというものに感謝せねばなりません。
私が写真の歴史をNpiで教わったのは、大日方先生でした。
よく憶えていますよ~ダゲレオタイプの銀板写真が生まれてから150周年の頃に授業で汗だくで一生懸命にお話をされていたのを^^
歴史の入口に導いてくれてありがとうの気持ちです。
4期生の皆さんやPJ徳田さんブログを通じて様々なエネルギーとパワーをありがとうございました^^
いつの日か、チップカリー皆さんにお会いできるのを楽しみにしています♪(笑)
この国に新たな時代が走り動き始めようとしている、その答えは未来のみぞ知る・・・。
蝶を撮影していると、教えられる事が多い。
蛹から羽化したての頃は翅も美しく綺麗だが、時を経て何かに引っかけたり、バトルをしたりして翅がポロボロになってゆく・・・。
羽化してから数週間の間に、相手をみつけて恋をして交尾をして種を残すという仕事をしなければならない。
翅がポロポロの姿から、彼らにはその姿をまったく気にしていないのじゃないか?というのを感じ取れる。
命燃やしつくすまで、本来の与えられた仕事、“生きる”というのを全うしていくために。
当たり前のように飛翔してゆく・・・あきらめない。
その姿は、命を生き抜いてきた美しい姿だと思えるようになってきた。
本日よりタイトルを変えて新たにスタートです^^
2009.09.09は私のBirthday(笑)
四年前に40代って他の知らない大人がなるものだという感じでしたが、自分がなってしまうというのは不思議なものでした。
写真学校に入学したのが25歳の時ですから、19年の歳月が通り過ぎて行きました。
あの頃のトキメキは今も色褪せずに、輝いたままです。
その間にたくさんの方々と出合い、一瞬だけの人もあれば、時を経て再会する友もあり、それぞれが私の人生の先生であり、財産のような気がします。
人生って様々ですが、やっぱり人と人の繋がりであり、突き詰めれば心の融合みたいなものに近いでしょうか・・・。
アジアを旅しているフィールドワークの学生達は旅の終盤を迎え、そろそろ帰ってきますね。
彼らの姿は尊敬に値しますし、眼に見えない元気というPowerをいただきます。
いつの日か、お会いできるのが楽しみです^^
この花が咲きだすと、秋が始まったな~と感じます。
彼岸花は秋になると当たり前のように咲くわけでもなく、田んぼの畔の草刈りをきちんとしてあげないと花芽がでてきません^^
いかに、お百姓さんが田んぼを可愛がってあげているかの目安の一つとも言えるのではないでしょうか?
韓国では相思華といい、彼岸花が花と葉が一緒に出ることはないから葉は花を、花は葉を思うという意味でもあるそうで、永遠のロマンスのような・・・。
夏の終わりに時代が変わった象徴的な一日は忘れられない・・・風車がようやく回り始める。
こうして文章が書けるようななったヒントをいただいたのは、Npi時代に学んだからだろう・・・。
一年生の頃に教わった、松倉先生のおかげでもある。
そして伝説の狸ゼミで写真家の視点ではない見方を学んだこと。
最初の授業でパプアニューギニアの民族のお話はなぜか忘れられない。
文化とは、その地で発生するものだ、時を経て、それには土地や風土に自然観が関係してくるものだと自分で気づいた時に、その授業は始まりを迎えているのだとも感じる。
アメリカを通過した頃は、なぜこの国が自分一番の世界観をしているのかわからなかったが、何度か滞在しているうちに、彼らは世界を知らない・・・というより興味が無いというのに気づいた。
彼らから、君はどこから来たんだい?
From Japan!
そこって車で何時間なんだぃ?というような笑えるようなやりとりもあった。
つまり日本がどこにあるかさえも知らないのには絶句したけど(笑)
それは自分の足元を見直すヒントにもなった。
君は生まれ育った房総を知っているのかい?と考えるきっかけでもあった・・・。
今、Npiにはフィールドワークというアジアを半年間旅をする授業がある・・・自分の頃にはなかったものだし、ある意味いいなぁ~とも想います。
それを構想した人、Go!サインを出した人の心意気が凄いと感じますねぇ^^
↑
熊蜂さんそんなとこにいると鼻がむじゅむじゅしちやいまふ゜~(笑)
さて、世界陸上ベルリン大会は幕を閉じました。
女子マラソンで尾崎選手が銀メダル、やり投げでは村上選手が銅メダルと〆てくれました。
ゴールした尾崎選手が日の丸ランを普通ならスタジアムにゴールなのですが、今回は公道を10km×4周回するというルート。
私も事前にプレス用の地図を見た時は、このコースはなんじゃこりゃ?と戸惑いましたもん。
ゴールしてウィニングランが出来ず、どうしたらいいか尾崎選手戸惑っていましたねぇ。
見る方も違和感があり、寂しかったのではないでしょうか。
今回、一番人々の心を捉えて感動したのは女子1万メートル最下位の佐伯 由香里選手の走りではなかったのでしょうか?
小柄な選手が、最後まで一生懸命走っていて観客からの手拍子に拍手。
オリンピックや世界陸上には無い一生懸命な感動の面白さが今回の女子1万メートルにはありました。
最後はあんなに手を振ってゴールして、マスコットと抱き合って金メダル以上の主役級のHEROに。
コメントも、今回は下から一位でしたが次回は上から一位というのには、明るく学ばせていただくポジティブさを感じました^^
次は二年後の韓国大会はロンドン五輪の選考会も兼ねているはずですから、世界のトップアスリートが集結して真剣さが増すでしょうねぇ~楽しみでもあります^^
ベルリンに行けなくなっちゃったけれど、疎いブログを楽しんでいただきありがとうございましたm(__)m
このブログは・・・変わりなく続きますのでこれからも楽しんで下さいね^^
☆熊蜂さんは、見た目は獰猛ですが、きわめて温厚なおとなしい蜂でもあります。
大きい体と小さな翅から、飛べるわけがない形なのに飛んでいる蜂とされ、今ではそ飛行法は解明され、このずんぐりむっくりなスタイルから熊蜂は不可能を可能にする象徴とされている。
20日辺りからでしょうか、急に蒸し暑くなったような・・・。
こうして蒸したり、カラッとしたりして徐々に秋に向かっていくのですね。
世界陸上ベルリン大会は折り返しを過ぎ終盤へ。
期待の女子マラソンで、かってベルリンマラソンでの最高記録を出した渋井選手の欠場は・・・。
望みはママさんランナーの赤羽選手の走りが楽しみでもある^^
今朝の男子走り高跳びは、集中から解き放たれて走りだし、バーを越えるたびに爽やかな風を感じて見応えがあるものでした。
結果、イオアメ選手がバーを乗り越えられず、北京五輪に続いての金メダルが流れてきたヤロスラフ・リハコフ選手。
どちらにも敗者と勝者というよりも力を出し切った爽やかな感動が漂っていた。
今回、一番に撮りたかった競技が、やり投げ、ハンマー投げ、走り高跳びなどなどでした。
明日は男子マラソンに決勝に進出した4×100mリレーの日本選手陣楽しみですね☆
お盆が過ぎる頃から房総はカラッとした暑さ、夜はひんやりとして眠れますねぇ〜^^
風の中にかすかだけと秋の匂いを感じる・・・。
さて、世界陸上ベルリン大会では、まさかの波乱で女子棒高跳び世界記録保持者が、まさかの記録なし。
テレビで観ていてガラガラの観客席に気づいた方はいるでしょうか?
ガラガラの観客席を埋めるためには、招待チケットを学校単位で配ったという話を聞いた・・・それでも埋まらない観客席。
前回の大阪大会で取材したカメラマンの数は約300人。
今回のベルリン大会は…約200人とかなり少ない。
そのうち半分は日本の報道陣で、彼らは撮影ツアーなるものを組んで団体で行く。
世界陸上が人気のピークの一つは1991年夏の東京大会でカールルイス、バレルらUSAチームが主役を独占した頃かも知れない。
国立競技場が満員の観客で埋まった。
あの夏、写真校の2年生だった私は電光掲示板側のスタンド席に居た。
いつか、フィールドから撮ってやるぅ~という強い想いを持って。
ほとんどの選手が今ではロンドン五輪を目標に調整を始めているというのを聞いた。
これも、時代の流れなのかな・・・?
時代が変わって栄養が豊かになり体格がよくなっても世界に及ばない陸上日本選手陣。
世界と戦えるのは女子マラソンだけだが、今回は危ういかも知れないが、応援したくなっちゃいます。
日本人はなぜマラソンが好きなのだろうか・・・走っている姿が己の人生とダブるからなのでしょうか?
お盆が明けて日常の時間が流れ始めましたね。
皆さんはどんな夏の想い出を描けたのでしょうか?
ベルリン大会では、短距離100mでボルト選手が世界新で優勝したそうですね。
あ~撮りたかった~という気持ちは本音でもありますが(笑)
タイトルがベルリンではなくなってしまいましたが、このブログは続けていける事になりました。
Npiの皆さんありがとうございますm(__)m
そうこうしているうちに次の話が浮上してまいりました。
来年二月のバンクーバー冬季五輪。
お話があるだけでも、ほんとにありがたいものです。
想い継ぐ・・・それは、いつの時になっても人が人を思いやる心・・・学生達に受け継がれるNpiの伝承みたいなものだと思います^^
動と静を表現出来るのは写真ならはでの表現だろう・・・。
高速シャッターで波を止める、低速シャッターで波の時間を流す・・・。
風景だけしか知らなかったら、気付かなかった描き方だとも感じます。
これが風景の現場に使えると気付いたのは、スポーツを撮影していた経験からだろう。
何事もやってみて無駄はないと思うし、やってみたからこその答えを語れるのってあるだろう・・・。
そして、すぐには浮かぶものではないが自分の表現の幅となって見えない自信という力になっている・・・。
さて、出発間近の結果、ドイツ世界陸上ベルリン大会は勇気を持って断念することになりました。
色々とお騒がせして申し訳ありませんm(__)m
理事長さん、局長さん、Iさんこの場をありがとうございました。
このブログを続けさせていただけるなら、次の目標は2012年のロンドンに向けて頑張ります^^
いよいよ世界陸上ベルリン大会は一週間後。
さて、ここにきて雲行きがあやしくなって、ドイツに行けるのか?という日々です。
この答えは月曜日か火曜日にわかります。
写真は“海を渡る蝶”とも言われるアサギマダラ。
こんな小さな身体で、海を渡って来る・・・それ以前に蝶が海を?と信じられませんでしたが、マーキング調査のおかげで、なんと東北でマーキングされた個体が奄美大島から遠くは台湾で確認されました。
それ以前に遠洋漁業の漁師や、サーファー達は蝶が海を飛んでいるのを知っていました。
アサギマダラの習性を知った時、裸で生きられない、海を泳いで渡れない人間ってちっぽけだなぁ~弱虫だなぁ~と。
春の始まりと共に北上して、夏は高地で過ごし、夏の終わりとともに南下を始めます。
今では、北海道の函館や遠く樺太でも確認されている・・・まさに“神宿る蝶”とも言えるだろう。
人類が生身に近い身体能力で競う世界陸上ベルリン大会は一週間後に開幕・・・。
親友で相棒でもあるM氏より、そろそろプレスパスやIDとかが届くと連絡が来た。
きっちりとした事務的な日本とのペースの違いがあり、ギリギリまで届くのか?という不安はあった。
今回のドイツ行きの航空券は、ななんとビジネスシート・・・初めてだわ^^;;;
日本のプレスはツアーを組んでエコノミーが普通なのに・・・。
海外で有名な写真家でもあるM氏によると、海外は写真を観て買ってくれる、使うとの一言に重さがある。
日本はよくても記録写真がペースで記事を埋める写真程度がほとんどだ。
芸術に対する見方の文化の差というものを感じた・・・。
大会まであと12日・・・まだ何も準備はしていません(笑)
このブログを始めるにあたり、NpiのIさんとメールでやりとりしていて、大会の事や機材の事をと言われていたが、大会にどんな選手が出るかは大雑把にイメージはしているが、それに捉われてしまうと大切な出合いの瞬間に気付かないでいてしまう。
これは、スポーツを離れて風景を撮っていて学んだ事です。
そう、竹内師匠の教えにようやく気付いたのです。
大切なのは現場に自分が居て、瞬に感じられるかどうかではないのでしょうか・・・☆^^☆
皆さん初めましてBOSO大将☆です^^
日本写真芸術専門学校芸術科の竹内敏信ゼミを卒業したのが92年の春。
在校時、一年の頃クラスでは大将と呼ばれ気づいたら写真校の呼び名みたいになっていた90年の頃。
学校に入る前からスポーツを撮影していて、当時は陸上競技を中心に母校の後輩達を撮影。
その後サッカー中心となり、93年のJリーグととにプロとしてスタート。
95年にスポーツを離れ、某専門学校の関係とともにアメリカへ数度渡米。
あちこちを撮っている或る日・・・そういえば、地元房総の写真をまともに撮っている人っていないなぁ〜じゃあ自分がやるべと思い立ち、地元に住んで写真以外で仕事とともにロケハン含め作品撮りが出来る形がいいなぁ〜と想っていたら今の某乳業メーカーの所長に拾っていただいて営業(配送)の仕事を始めて今年で10年・・・この夏、夢が一つ叶った。
それがスポーツを離れて14年も経つ夏に、世界陸上ベルリン大会のオファーが来た。