Weblog 眺風景

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家族の風景

 この間、何かの予定で都内まで出て、その帰り道に、なんだかある家族が微笑ましかった。

 いいな。

 でも、こういう風景を半年間、違う土地で見てきたんだなと思うと、日本じゃないところで見るから目新しく見えていた風景とかの当たり前さとか、それを日本で見つけたときの静かな感動みたいなものを、自分は忘れていたんじゃないかと感じる。

 そうやって、自分の欠けた部分を探すのも、悪くないんじゃないかなと思う。



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秋の色彩、冬の日向

 最近、少し余裕が出たのか、自宅にいる時間が少し長くなった。自宅にいる時間が長くなると、必然的に家族と話す時間が増えて行って、自分の気分がだいぶ落ち着いて行く。やっぱり休息は必要みたい。

 今朝庭に出てみると、大根がそのままで干してあった。いや、普通は切ってから干すだろう、と思ったけれど、面白かったのでつい。。。笑 とはいうものの、こうやって庭で干したり、小屋で漬けたり、と実家ではいろいろやっている。それが僕の日常で、それをずっと見て育ってきたから、その習慣はある程度受け継げたらと思うし、祖母亡き今は、祖父と父がすべてそういうことをやっているけれど、いずれは自分もそこに混じりたいなぁなんて思ったりもしている。まだやってないけれど。


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 実家の庭は広い。なんとなく、で撮り始めた庭の写真も、だんだん自分の中で面白いと感じるようになっていて、というのもとても身近だった風景が現像したてのフィルムに定着されているのが不思議で、それと同時に、こんな庭だったんだと再認識できるからで、更に言ってしまえば、撮れば撮るだけいろんな面を知っていく。いろんな面を思い出していく。

 ただの「盆栽が並べられている場所」ではなく、祖父が丹念に手入れをしている姿が鉢植えから垣間見えたり、はたまた朽ちたと思っていた木が、鉢ではなく土の方に根をはっていたりだとか、そこに集まる虫の種類だとか、果実の鮮やかさ、コケ、昔オタマジャクシを集めた発泡スチロールにはった、もう濁ってしまっている雨水。雨に消される前は油性ペンで盆栽の名前が書かれていた指し札。古い自転車。傘。

 並べて行けばきりがないけれど、いろんなものがいろんな過去を持って今の姿でひしめき合っている。これはどんな空間でも当たり前のことなんだろうけれど、身近にこんな空間があるだなんて不思議な気がした。

 まだハチやヤブ蚊なんかも飛び交っていて、この間はカマキリが僕の自転車にくっついていたりなんかしたから、まだ冬にはなっていないんだと思う。日向の光の溢れ方や太陽の落ち方なんかはまるっきり冬のそれなんだけれど、でも体の周りにある空気とか葉花が見せる色合いだとかはまだ秋のままで、今が季節の変わり目なんだなということをすごく実感させられる。その季節の変わり目、こうやって庭の真ん中に立つ日が増えてきているのはすごく楽しい。


久しぶりの

久しぶりの更新です。こんな呑気なペースででも読んでくれている人はいるのだろうか。。。一抹の不安もよぎりますが。
最近、月曜日に学校に居ることが多くて、それで二年生のときにお世話になっていたT先生と色々はなしているうちに、あるアプリケーションを入手。それを使って、写真をパノラマ加工にしてみた。
テストに使用している写真は全てオリンパスのコンパクトデジタル。それでこの画質に仕上げられるんだから、すごい。カメラもすごくいいけど、このソフトがフリーだなんて信じられません。

※画像をクリックすると拡大表示されます。

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そろそろ半年間、海外で撮りためた写真もプリントアウト終わる頃。全部机の上に広げて向き合うのが楽しみです。


プラネタリウム

 なんてことはないけど、実はプラネタリウムが好きだ。あの星の光を人工的に作ってしまうところがまた皮肉的で良い。


 いつも思うのだけれど、カラー暗室の現像機のある部屋。あそこは目印になるようにと、何箇所かに蛍光テープが貼ってある。全暗室にした時にそれが仄かに光って、それが天井にもあるから、まるでプラネタリウムだと思うのだ。


 やっと今日、写真展の準備が一段落した。早く半年間撮りためた写真に、もっとしっかり向き合ってやりたい。こいつらが、僕の言葉以上のことをちゃんと言えるように。そう思うんです。


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