Lines of Sight ~それぞれのアジアへの視線~
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07.08.31

CRY for the MOON [57]


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サムイ島での一週間は思った以上にはやくて、前回行った所にもう一度撮影にいったり、行けなかったところに行ったり、と暑い中もりもり活動してました。夕方は雨が降れば多少涼しかったけどうだるような暑さの日もあってカムバック夏バテ。しかし湿気はそれほどないので心地よい。洗濯物がすぐに乾く気候は最高です。海まで1分な立地の私のお部屋。だいぶ馴染んでました。
ないものねだりといわれればそれまでですが山育ちで海のない町に住んでいた私は歩いて海に行ける環境って特別なんだなー。音が好きで、波が好きで、島に住むのもちょっといいなと思ったのでした。暑すぎるととろけますけどね。あ、北海道も島と言えば島ですけどね。笑
リベンジ、できたんじゃないのー?好きな景色はこんなかんじ。



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再来っていいねー。あーここここ!とかこの人会ったことある!とか初日は雨だったなとか案外覚えているものです。あちこちで、工事してた。新しいスーパーが建とうとしてた。いまのままでいてほしいって言うのは私の勝手な願望ですが、これからも見守っていきたいなと思う島です。





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07.08.28

ドレミファだいじょーぶ [56]

スクーリングも終わり9月24日。
フリー期間突入の日です!とりあえずはたけ以外の4人はこの日に出発。
きみじこやたのインド組以外はみんなバラバラ。佑木瞬はタイ、サムイ島へリベンジに向かいますよー。こんどこそ晴れてください!

結局寝なかったAM8:00。
メグミとアイノリしたタクシー。空港までは一緒と思っていたらターミナルが違うことが判明。空港は一緒だけどあたしの目的のターミナルは20キロ先なんだって!そんなの同じ空港って言わない!と思いながらのお別れ。あうあーほんとに一人だ。みんな達者で!韓国で!
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サムイ島まではクアラルンプールからペナン島を経由してサムイ着のルートを選びました。一人で国境越え、しかも乗り換えは初めてだったのでいろいろ不安。基本、方向音痴ですからますます不安。

あーこの感じ、心細い感じは壮大になったはじめてのおつかいのようです。
道を聞くのが近所のおばちゃんじゃなくてマレーシア人になって日本語が英語になったような。
いくつになってもはじめてのことは不安なもんだなーって。
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でもペナンの空港は二回目。懐かしいのです。あーカレー屋のおにーさん元気かなーとか、各国に思い出せる人がいるのってなんかよいですね。あちこち回ってるFWならでわ。

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サムイで出迎えてくれた彼女(?)達は綺麗で陽気でした。
タイだ!トムヤムだ!ねむいですけど、五十嵐先生もいないですけど、がんばっております。タイではもてるようです。

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07.08.25

ぱ ぱぱ パッキングのススメ 持ち物編 [55]

フィールドワーカーのフィールドワーカーによるフィールドワーカーの為のパッキング講座!
を、勝手に開講。





FWも気づけば5か月。荷物が多くて捨てられなくてだったわたしですがなんとかここまでやってきました。もう移動のプロ!?送ったり捨てたり施設に置いていったりと多少の入れ替わりはありますがバックパックの中のレギュラー陣、はずかしながらご紹介しましょーう。
3月は出発前日までバタバタしてたものです。なにがいるのかさっぱりわからない。後輩も、これから旅に出る人も、ひきこもってる夏休み、海外旅行に行ったつもりになりたい人も参考にしてもらえると嬉しいです。




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バックパックはこれ。アークテリクス。フランス、小笠原も共に旅しました。
いろいろ試してみたけど一番しっくり来たのがこいつ。それぞれ相性があるとおもうので購入時はできるだけ選択肢が多いお店に行くことをおすすめします。




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衣類。FWでよく言われているのが3日分。カーゴパンツ、タイパンツ、Tシャツ、パーカー、下着類などなど。あたしの場合Tシャツが多めでしょうか。つい買ってしまうので。この前メグミに『Tシャツ好きな佑木さん』と呼ばれてはっとしました。そういえばTシャツばっかりだ。そして圧縮袋に入れてぺしゃんこにしてやります。
衣類は安いし現地で買い足しながら入れ替えしていきました。タイパンツは楽です。あとインドで手に入れた布(スカーフ?)もちょっと肌寒いときなんかに便利でした。




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化粧や洗顔、衣料品系のポーチたち。
負けずに日焼け止めは毎日塗りたくっておりますがやっぱり焼けます。やけすぎたので美白クリームなるものを買いました。無駄な抵抗と知りながらー。
あとは…無視刺されにはキンカンでしょう!シャンプー、リンス、洗顔類はよほどこだわりがなければ現地で手に入ります。



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珈琲ジャンカーにとっては生きる必需品珈琲セット。鈴木先生の指導のもと布フィルターも所持。酷暑なときはポカリの粉末も頼りになります。
このコップは熱湯を入れても大丈夫なので珈琲も、水を凍らせるときも、歯磨き時にも使えました。五十嵐先生に『中国人みたいだな』といわれて意味がわかりませんでしたが確かに中国にはこれにお茶を入れて持ち歩いてる人うようよいました。




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各国のガイドブック類。再撮前なのでタイと韓国ですが。
・地球の歩き方(バックパッカーのバイブル。読者の声も多く取り入れており、あると行動が広がります)
・個人旅行(地図、情報が見やすい。地球の歩き方よりは高級志向)
・旅の指差し会話帳(あらかじめ本に書いてある会話を指で指してコミュニュケーションをする本。インド中国ではお世話になりました)
・ハッピーソウル(女の子向け。ガイドブックというより読み物としておもしろいです。バンコク、ベトナム編も持ってます)





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お手紙セットと長坂先生、斉藤氏の愛が詰まったしおり、電子辞書。



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ニューバランスの靴とクロックスのサンダル。
このサンダルは軽いし履きやすいしだいぶお気に入りです。履きすぎて足に水玉の日焼け跡がついてしまったのが心残りです。くすん。




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サブバックはこのふたつ。パタゴニアリュックのほうは折りたたみ可能。人が多い街中の撮影はスリ防止のためナナメ掛けバック。田舎やトレッキングなど動きやすさ重視のときはリュックを使ってます。




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撮影に出かける時のサブバックの中身はこんな感じ。
カメラ、CFカード、パスポート、日焼け止め、虫除け、タオル、取材ノート、水。





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カメラ、レンズ、パソコンなど最重要品を入れてるバック。これをなくすと写真学生として死にます。
移動時はこれをカートにくくりつけてコロコロしてます。




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中身。ごちゃごちゃするコード類はまとめて保管。



以上でメインのバックパックが約20キロ(飛行機の持ち込み制限のため)。カメラバックサブバックも合わせてたぶん約20キロ。あ、本や映画DVDなどの娯楽系荷物を載せるのをわすれましたが今の全財産はこんな感じです。小学生一人背負ってるようなものでしょうか?たくましくなりますよーFW女子は。捨てられないものも多いけどほんとに必要なものを厳選していったら自分でもてるんだろうと、もてないものはバイバイするしかないんだろうというのもFWで学んだこと。
帰国しても生かしていきたいですね。

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07.08.22

南国荘 [54]

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ここ、から発信しています。
ペタリンジャヤのスクーリング施設一階。
いつでもネットが繋がる環境にいるとやっぱりPCの前にいる時間が長くなっちゃう。
チケットとれました。
振り返れば古田先生。
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ここんとこいつもこんな光景でした。
古田先生も施設に泊ってました。学校外での先生との接触は石飛先生の夏休み特別授業?みたいなもので横浜に中国人強制連行の取材にいった以来だったんじゃないかなあ。あれ、一年生の今頃だったからもう二年経ちましたよ。はやー。



写真がありませんがここには7月から留学生としてやってきたひらのさんもいて、施設は前よりメンバーが増えた状態で稼動しています。同じ場所で暮らしてると意外な発見があったりしてよいよねー。ここの日常がけっこう好きです。




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ながい一日だった。
今朝は寝坊しそうになりぼーっとしてたら『お前今日、顔がのっぺらいぞ!』とのご指摘。
21年間生きてきてそんなことは初めて言われましたが今日のわたし、のっぺらい。
『メイクで凹凸を作れば?』とのあたたかいアドバイス。先生、5分前に一応メイクしたんですけど…


ま、そんなことはおいといてスクーリングの授業終了しました。
合評はクラスメイツの作品も見れて、興味深かった。プリントからセレクト、同じところで作業してても作品をしっかり見るのは今日初めてだったし見てもらうのもはじめて。こんな苦労があったのねーとかこういうところで悩んでたのかとか普段は話さないので、新鮮だった。
みんな闘ってるんだなあ、と。
できないこととできること。やりたいこととやりたかったこと。見つけていくもの捨てていくもの。踏み込んでいくこと、咀嚼していくこと。何度も反芻しつつフリーは同じ失敗を犯さないように取り組みます。




平均1時間の個別面談が終われば23:00.みんなでカレーを食べました。
にんにくたっぷりカレーを食べてるとどうしても小笠原合宿の話になっちゃう。おやじ、元気かなあ。



深夜でしたが、先生たちはタクシー拾えたんでしょうか。お疲れ様でした、ありがとうございました。次は日本でしごいてください。





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07.08.20

SCHOOL+ING [53]

19 20 21 3日間。

気づけば始まっていて気づけば終わっているスクーリング。
今日は中間日です。

みんな夏休みらしーですがこちら授業本番!でーん。




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 マイティーチャーズ。
いらっしゃいませマレーシアに。





はっ、とすること が多い。
なんで気付けなかったんだろう とか やっぱりそうですよね とか 自分を冷静に観れる、というか観ようとする期間です。

半年間で6日。毎週毎週あった先生との授業とはまた違って、なんというか不思議な日常。
きっと海外だから言えることもあって今回の目標はちゃんと話すこと、です。でした。
なんとなくな感じ を 言葉に置き換えていくこと。
わからないことはわからないっていうこと。




自分の写真を自分の写真にできていないんじゃないかっていう疑問は前からあって
気合いを入れたはずなのにまだまだ甘いんだなーという自負。
こんなに重かったんだなーセンセイの言葉。




フリー期間に入る前にひとりになる前に
気合いを入れていただいてます。

ため息つかせてすいません。
せめて珈琲くらいお淹れしますよー。私も飲みたいので。笑





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うーんセレクトって大変。5か月が、30枚に。それって何秒分だろう。



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だらだら書きましたが
セレクトが終わってないのでこの辺で。
今日は何時に寝れるかなー。


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07.08.17

2007.8.12 25:00 [52]

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中国から韓国への船移動の日、偶然にもペルセウス流星群の極大日にあたりました。月は新月だし、日本の予想ではピークで一時間に50個くらい観れるんじゃないかとのこと。
星の話も、わたしが高校でコアに地学部の部長だったことも書いたかもしれませんが流星群は、特にペルセは見逃せない。しかも船上で観測できることなんて稀、です。



と一人で気合いが入って単独観測。
あいにくデッキのライトが明るいので条件はよくなかったんですが一時間半くらいいて4つ、みることができました。

流星観測を本格的にやろうとするとわりと大変です。地面に寝転がり何時何分にどの方角からどの程度の等級の星が流れたのかなどを明記しないといけない。なのでバンプのとある曲のように手をつなごうかどうしようかなんて迷ってる暇もないしほうき星を探すなら望遠鏡はいらないよね、なんて夢のない会話をしてたなとフラッシュバック。雪の上に寝転がったこともありました。ええ、寝たら危険です。命がけ。
船の上は酔うし。


それでもなぜ見たいのかと言えば…風物詩みたいなものなのかな。
ペルセがこないと夏が始まらないし終わらない。




来年もその先もこうしていたいなと。

30年後の君を今と変わらず愛し続けると誓うことはできませんが5年後も流れ星は追いかけていたいと思う佑木瞬なのでした。

雁沢先生お元気ですか。
先生に授業は習ったことありませんでしたが、鬼赤で埋め尽くされた原稿と魔の徹夜の日々は帰ってきて欲しくありませんがあの部活は今の私にもだいぶ影響しているようです。

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07.08.16

チャイナの最先端へ [51]

約一か月滞在した中国。
おどろいたことはいっぱいありましたがその中でも特記してカルチャーショックといいますか、へえーと思った最近の中国についてレポートしてみましょう。




一、イングリッシュネームについて


その存在に気づいたのはフフホトから上海への長い電車の中、向かいに座っていた夏休み中の大学生の一言でした。筆談で自己紹介をしようと思い、漢字で書いた名前の横にローマ字で読み仮名を併記して相手に渡したら彼がいいました。
『これ(ローマ字の名前)は君のイングリッシュネーム?』
??イングリッシュネーム?いや、日本名の読み方だよ?ああそう…。という会話。
大学生の彼らの中にはイングリッシュネームを持ってる人と持っていない人がいるよう。なにかというと自分の中国名のほかに英語の名前を所持している。まあ、ジョンとかロナウドとかほんとに欧米的な名前。ハーフな訳でもない中国人がそんな名前を名乗るのは実に不思議で理由を聞いてみたら『中国の名前は(外国人にとっては)呼びにくいでしょう』と簡潔な返答。うーむ。
一度気にしてみるとだいぶメジャーなこのシステム。私が上海と北京で泊ったホテルのレセプションの人、名札はみんなイングリッシュネーム。ジャスミンと仲良くなりました。名刺にも印刷するほどオフィシャルなものだとは。いろいろ聞いてみるとジャパニーズネームもあるんだって。中国人のひろみさんとか、名刺交換してみたいものです。

イングリッシュネーム参考文献

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二、パソコンの中の人気者、QQ

中国のネットカフェはあちこちでよく利用しましたが、どこも共通してMSNやヤフーメッセンジャー、スカイプなどのチャットまたは通話ソフトが入っていない。ネットカフェはたくさんあるしPCも普及してるはずなのになんでかなーと疑問でしたがそれはこの中国発のチャットソフト『QQ』があるからでした。
言われてみればこのQQはPCの画面でよく見るしネットカフェにいるお客さんもみんなゲーム目的というよりQQをつかいチャットやウェブカメラ付きで会話してる人が多い。中国人に『QQもってる?』と聞かれることも数回。これを使ってコミュニケーションするのが一種のステータスなんでしょうか!?
なんというか、特に私たちやそれより若い年代の熱気度は高いように感じました。例えるならばポケベルを手にして公衆電話に駆け込む女子高生のような熱気。私はポケベルもったことありませんが。
マスコットキャラのペンギンはグッツも発売されていて人気だそう。写真は工事中の地下倉庫にあるネットカフェの様子。いまにも壊れそうな環境のここでも、メッセージか発信されてますよ。

QQ参考文献


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三、流行のヘアースタイル


これ、自ら身体を張りました。というかその髪型になりました。笑
上海でカットモデル体験。連れていかれたのは美容師学校か養成所のようなところ。中国の流行を支える美容師の卵達がひたすら訓練しておりました。
発声や腕立てしてるクラス(集団?)もありよくわからないけど体育会系ナ様子。
カットだけのはずが熱烈に勧められ好きにして状態でパーマもかけられました。結果、爆発。いやーおもしろい。担当の子と同じ髪型になった。トップのほうだけパーマかけるのがおされらしいです。そいやそんなチャイーニーズガールみかけた。あ、わたし中国人みたい。
完成図


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そんなチャイチャイ、はお!です好!!

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07.08.15

葡萄の森  [50]

7月25日から中国最大の都市、乌鲁木齐(ウルムチ)まで足を延ばした。
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「海から世界一遠い都市」または「世界一内陸な都市」として有名。
それもそのはずで四方のどの海から2,300km以上も離れている。
なのでーウイグル族、カザフ族の人々が多い。だってもうすこしでカザフスタンだもんね。ウイグル帽をかぶった髭が立派なおじさん、カラフルなスカーフを身にまとったおねーさん、スタン系の方が多くて ちゅ…ここ中国ですか!?といった状況。いやあ、中国って広いです。



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バスで二時間ちょい、郊外の南山牧場へ。
有名な山岳地帯でウルムチの観光名所にもなってるとこです。

単独でツアーに参加しましたが「お昼になったら99番でご飯ね!」と言われ放置。
ガイドさーん、99番のパオってどこですか…どこもかしこもパオパオパオ…パオとヒツジと観光客しかいない。やっぱり迷子。
まあそんなことはいいんですが余談ですがここのパオにも希望すれば泊まれるそうです。




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観光名所なので有料で馬にも乗れます。
いたるところに鞭を持ったウエスタン風のお姉さんがいて『ほらっ、ぼーっとしてないで馬にでも乗りなさいよっ!安くしとくわよっ!』ピシッピシッとやっている。みんななぜか自信満々。私が調教されそうです。

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綺麗な河だなー。海がこんなに遠いのにどこに繋がってるんだろう。
あっ、こういうときは…こういう時にこそ

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OLYMPUS μ725SWの防水・水中撮影機能を使ってみました。
楽しい!思ってた以上に水は冷たく気持ちよかったのです。





そうそう、タイトルですが

ウルムチという言葉はジュンガル部の言葉で「美しい牧場」を意味するが(「ブドウの森」を意味するサンスクリット語である irumujina(irumuqina) がウイグル語流に転訛したものと説く見解もある。)、これが1955年の新疆ウイグル自治区の成立に伴って正式な市名となった。

とWikipediaにあったので後者の説からいただきました。
牧場は確かに美しかったけどまじりあった文化、人種 そして強い日差し、「ブドウの森」という響きがいかにもウルムチっぽいと感じました。

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07.08.11

オアシスの片隅で愛を叫ぶ [49]

実は砂漠ツアーの前日(7月20日)にもツアーに参加。
こちらは朝から夕方まで。
映画『敦煌』の舞台、敦煌古城や遺跡、石窟など敦煌の名所をミニバスでぐるっと巡ってしまいますよっと。

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が、しかし砂漠でバスが停車。オーバーヒートらしい。こ、こんなところで。
でも下ろされれば『わー砂漠!わーなにもないー』と撮影を始める私。なんかタフになったなと写真を編集していて自分に感慨深さを覚えました。
近くの水を汲んできて直そうとする運転手。
やっぱり直らない。難民と化した私たちは通りかかったツアーのバスに拾われました。
ただ、ツアーに参加しただけなのに難民になるなんて…なんて楽しいんだ!(間違った感想)
後輩のみなさんツアーはおすすめですよ。
観光したいだけじゃないから…フィールドワークなのにって出発当初はちいさな違和感もありましたが日本のような過保護なツアーはまずありません。みんなてきとーだしガイドさんは英語が話せればいいほうだしうっかりしていると集合時間もわからず置いていかれるしほら、さっそく難民です!笑
おかげで行きたかった石窟はお土産屋さんにルート変更されましたがまあ砂漠に置き去りにされるよりはいい。しこの後の景色にも圧巻で文句をいってるどころじゃなかった。


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なにもないっていいねー。
と夜の砂漠の次にFWで盛り上がった場所です。ここにもラクダがいた。
たたずむ私(こんがりめ)。こんなとこにばっか居るので日焼け止めの効果もむなしく健康てきです。わーい。

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07.08.09

赤いのはアンタレス (砂漠ツアー後編) [48]

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夕食が終ったらみんなもう就寝。
リーさんもカップルも就寝。



えーそんなもんー?ここで寝るのはもったいなさすぎる!先生は撮影に熱が入る。ので消えかけていた火をおこし始めた。日中はジリジリって焼けてるのがわかるくらい日差しが強くて暑い砂漠。と同時に日が落ちればパーカーを羽織っても寒い砂漠。


小枝を集めてふーふーと風を送り込む。焚火の赤は目にもあたたかい。
『まさかOちゃんが火をおこすとこを見るとはね』ね、先生私もそんな日がくるとは思ってませんでしたよ。というか砂漠の真ん中でたき火をする経験を積むなんて誰が予想しただろう。






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明かりはこの火と星だけ。夜の闇が 深く広い。ここなら暗室できるんじゃないかなってくらい暗い。火に目が慣れてしまったので小高い丘のほうまでいってみることにした。ごろんと寝転がる。あっ、流れ星。名付けた人はこういう空を見てミルキーウェイだと言ったんだろうと思う程の、完璧な天の川。こんなに瞬いてるとは。あんな小さな星も目に見えるとは。間違いなく21年間生きてきて一番、星が見えている今夜。
プラネタリウムは人工物だ。ここまで星があるとどれとどれが線で繋がっているのか判別に困る。し、星座はだいぶ忘れてしまった。そしてどれもがどうでもいいことのように思った。ただ数億年なんていうえらい歳月をかけて光がここに届いている。それがね、すごいことなんじゃないかってなんかもうため息しか出ない。





星が減った 別に星の数は減ってないのに

遠く見てるつもりでもね みんなが不安だからさ すぐ自分の近くを照らしたがる

でも、自分の近くを明るくしてくと 遠くの星がどんどん見えなくなっていく

あるのに見えなくなってしまう そのうち目印にした星も見失っちまう 堂々巡りだ




『ホテル・ビーナス』のビーナスの台詞が頭をよぎる。
星がみたいと思ってた。でも、目に見えてないだけでいつも星はそこにあったし流れてたんだ。
流れ星はもう何個流れたかわからない。あーちっぽけ、あたし。でも星だってちっぽけ。複雑に絡み合ってるようなことも 解けない問題も きっとずっとシンプルなんじゃないかって。この日の夜は忘れないんだーって、密かに誓った。





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『モーニング・サンライズ・そーです!』
ん?リーさん?
戻ってテントに入る気にもなれなくて寝袋を持ってきて火の近くでごろごろしてたらやっぱり寝てた!!
いやーまさか熟睡とは…寝心地よかったなー砂漠。髪はごわごわです。
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愛すべきツアーの仲間たち+ジョイトイ。

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07.08.08

ジョイトイと一緒 (砂漠ツアー前編) [47]

先輩の日記(7月24日)を去年読んで、行きたくて行きたくてあーここに行けるならFWにいってもいいかも!とまで思った敦煌砂漠ツアーのお話。
敦煌ね、今年は異常気象らしく砂漠地帯なのによく雨が降る。しかも夕方から降る。
この日だけは!この日だけは晴れてくださいよーと夜な夜なてるてるを作製。ご利益ありました。やったぜてるてる!!





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7月21日 17:00 敦煌料理店 通称『旅人の家』集合


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このおやじはキャラが濃くて日本語堪能。声なのか、話し方なのか、彼が持つオーラの影響なのか妙に説得力がある。『心配ないでしょう、というか心配はしないほうがいいでしょう』と言われれば根拠がなぬても「うーんそうかな」と思わせてしまう…そんな日本語を使います。政治家向きなのでは?と思うんだけど毎日飲んだくれてるからなあ。笑

20分遅れで出発。おやじ曰く『とても親戚ですよ!!』(親切と言いたかった)なガイドのリーさんと共に砂漠へ!!と思いきやリーさんの家に。メロンが出てくる。おやおや、どうなってることやらと思いつつも食べごろメロンにかぶりつく…リーさんに呼ばれる
おお!!いたいたらくださんです。裏庭にらくだが居るー。私がお世話になるらくだをジョイトイと名づけました。理由は先輩のブログご参照。よろしくジョイトイ!




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思った以上に目線が高くなるらくだ。揺れます。 こぶを触ってみる。毛が硬い。もふもふ。 そして当たり前ですが砂漠。見渡す限り砂漠。 すごい!すごい!ありきたりですがすごいと叫ぶ。 山があればやまびこにも言って欲しいところですがここは砂漠。 佑木瞬は砂漠でジョイトイに乗ってますよ! お墓を通過。らくだの上からの撮影は楽じゃありませんー。



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一時間程歩いたところでストップ。
砂山を登れという。えー聞いてないっすよー。もうひと組の参加者、カップルも聞いてないらしい。
ガイドのリーさん10時までにはテントの用意しとくから来てねーと鼻歌を歌いながらすたすた行っちゃう。歌を歌ってるのも気の利いたサービス精神からかと思っていたけどどうやらただ単にご機嫌な様子。

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登る登る砂山…………つっ、辛い!
驚く程キツイ。なにがって前に進まない。サンダルに砂は入ってくるし足場はどんどん崩れて来るから早く足を前に動かさないと後退してしまう。裸足になったら多少は楽だけどいつもは使わない筋肉を駆使して歩行しているようで足がつりそう…。



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思わず砂漠に座り込む。息は全開にあがってる。
キツイ…FWはね、体力勝負なのは知ってましたよ。でもこんなに歩行が困難なことって!雪道と砂漠じゃ大違いだ。正直2年の小笠原やFW中になんどか死にそうだと思ったことはありましたがここまでのしんどさは初。先生たちはもうあんなところに。
病に伏した少女が『あの葉っぱが落ちたら私も死ぬんだわ』と思うように『あの夕陽が沈むまでここにいたら私死ぬんだろうな』と本気で考えました。ふふ。そう思って見た夕日は美しかったですとも。



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日が暮れたら砂漠で軽く遭難です。いやあ大変。下るのも大変。 自分探しなんてしてる場合じゃないっすよFW。自分を見失いそうです。死活問題です。 そんなときに『サハラに死す』の話なんてやめてください。あ、生きてますわたし。



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焚火をしてラーメンの夕食。 トマトときゅうり。じゃがいものホイル焼き。おいしかったなー。 ありがとうリーさん。 夜はまだこれからです。後半へ続く。
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07.08.07

今日のできごと [46]

書きたいこと 伝えたいこと 見てほしい写真 

が、溜まってるんですが夏休みの宿題の絵日記を焦ってまとめて書いてる小学生みたいな状態になってきてるので今日は、リアルタイムに今日の日記を、綴ろうかと思うんですよ。ブログという形式で現在進行形のフィールドワークを知ってもらうのに私のブログはここんとこ時差がありすぎるな、と思いまして。まあ砂漠やモンゴルもそのうちアップしますけど。(ちなみに私はそんな小学生だった。たぶん、学生最後の今年の夏は夏休みという名目のものがないのでちょっと淋しくもある)

自分にとって印象的だったり大きな動きがあったことを表現するとき、ラクダのように咀嚼しないと消化できにくい体質なのかもしれない、と今日思い当たる。写真のセレクトにしても、文章にしても。なので、日記よりも作文が得意だったし好きだった。そういえばそうだった。



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8月6日から8月7日の夜をまたいで上海から北京へ。もしかしたらFW中最後の寝台列車だったかも知れない。フフホトから北京の座り席での26時間移動は悪夢のようだったけども、硬座での移動は予想よりも快適。朝、身体は多少痛かったけどね。三段ベットの中間層はよく頭をぶつけます。切符とカードを交換したり、よくわからないシステムがあった。で、聞いたけど結局謎のまま。基本、列車移動は好きです。


降り立った北京の空は灰色。タクシーを拾うのに苦戦。荷物が大きいからなのか、なんなのかわからないけど空車でもさっぱり停まってくれない。『オリンピックは大丈夫なのか』先生がまた言った。その解答は来年の今頃の先生のブログで読みたいなと思った。

強行的に乗り込んでホテルへ。移動はやっぱり疲れる。バタンって感じでベットに倒れこむ。コードはあるのにネットが繋がらなくて電話したら先生の部屋もそうらしくてまたひと騒動。コードの接触が悪かったみたいです。で、やっとシャワー+洗濯。お湯がでること、日本じゃ当たり前だし水シャワーオンリーなんてそんなバカな話があってたまるかという状況ですが海外ではとてもラッキーなこと。むしろ水が出ない、水圧が弱い、お湯は出るけど茶色い…なんてトラブルは日常茶飯事。だから疲れてて適温のシャワーを浴びれることはとてもとても幸せなこと。

今日はもうだるかったので部屋にこもっていようかと小さな葛藤がある。窓の外を見れば雨あがりのあの、ぬるくてみずみずしい空気。スイカみたいな。外に出よう。三階の窓から見える景色。よし、あそこに行ってみよう。





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あの日のことはよく考える。『ONとOFFの使い分けがうますぎるんだよ』と言われて素直には頷けなかったけど彼の言うことは悔しいけど、いつも概ね正しいのでそうなんだろう。グレーゾーンを作る。今日はそんな日。プランニング的に言えば“ロケハン”。もっと的確に言えば“散歩withカメラ”そんなスタンスで。北京は都会都会と思ってたけどちょっと路地を入ったこのあたりはすごく下町っぽくて人と人の距離が近いようで好きな町並み。

リキシャで果物を売りにくるおにーさん、井戸端会議するおばちゃん、白いランニングが似合うおじいちゃん、照れ屋な3歳児とお母さん。そういえば中国の幼児のズボンはこのように股さけ(?)が目立つ。特に田舎。もらしちゃうから、おむつをする。ではなく、もらしちゃうから、布はいらなくない?ってことなんだろうか?抱っこしてればおしりが丸見えで おいおい、お父さん娘の扱いはそれでいいんですか? なんてこっちがおどおどしてしまう。

大通りに出ればおしゃれな服屋も雑貨屋もケンタも郵便局も発見。休憩したり撮影したり買い物したりで約5時間の散歩でした。あと30分であした。そろそろ眠い。

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07.08.06

インドに もし インド人が居なかったら [45]

7月18日、成都。


ここからまた五十嵐先生との珍道中がスタート。
敦煌→ウルムチ→ゴグンダラ(内モンゴル)と田舎を回ります。

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この数カ月で五十嵐先生とは気が遠くなる程の言葉を交わしたはずですが先生の頭の中は未知数で溢れてます。会話のキャッチボール、お互いに『そこっ!?』て球がばんばん飛んできたり投げても返ってこなかったり予想できないので面白い。

そんなある日の先生と私のタクシーの中の会話を私目線で忠実に再現してみる。


状況:タクシーの中から成都の街並みを眺める五十嵐先生(以下I)とその隣に座りぼーっとしている佑木(以下Y)

I 『いやあ……しかしインド人が居ないねえ』

…インド人??

Y 「そ、そうですねえ」

成都は観光客少ないんでしょうか。日本人も見ないしと言おうとしたらぽそっと

I 『インドにはいっぱいいたのに』

!!そゆこと?

Y「先生それは…インドにインド人居なきゃおかしいですからねえ」

となにがおかしいのかおかしな答えを返す

I 『うーん。でもさ、もしなんらかの事情があってインド人が一斉に移動したらインドにインド人は居なくなるよね?』

Y「はぁ…まぁ…」

I  『って俺は何言ってんだろ』

とご自分でもおっしゃってるので素直に書かせていただくと 私もこの人はまた何を言い出したんだろう と思った
がしかし私のまわり、そういう突拍子もない話題を振ってくる人が多いので考えてみることにした

インド人大移動について…

国境越えは飛行機か船か陸移動か。飛行機の台数が足りなかったとしてもがんばれば、本気を出せば可能かもしれなくもない…?でもなあ、なんてったって全員だからなあ。だったら

Y 「絶滅するほうがまだ可能性あるんじゃないですかね?」

たとえばサティアンで製作してたあれをばら撒くとか原爆…は燃えちゃうから却下。なぜならこれはインドにインド人が居なかったらという仮定の話なんだから。O-157 ってのもあったね。や、インド人はお腹丈夫そうだけど…超!O-157みたいなものとか流行り病とかノストラダムスに預言してもらうとか

I 『うーんそうかあ』

納得されたんですか?先生

I 『絶滅かあ。びっくりするだろうな、旅行者』

!!インド人だけ、居なくなる設定だったのか!
それは大変だ。カレー屋も、あまったるいチャイ屋も、バラナシの火葬もやってない。
しつこい客引きも、鮮やかなサリーガールも居ない。
あるいはネパール人とか中国人とかインドに居る外国人にお世話にならなければならない。あと入国もパイロットも船長もインド人であってはいけない。
なぜならこれはインドにインド人が居なかったらという仮定の話なんだから。
入国審査はあるの?無法地帯になるんだろうか。政府は?その辺の細かいことは考えるときりがないけど想像してみる


からっぽのインドの街と外国人とのら牛やのらヤギがけが居る世界。




不思議ではあるけど、あまり魅力的には思えないな。
インドに来たからにはインド人に揉まれなきゃいけないし毎日カレーをいやというほど食べたいしベトナムに行ったらバイク渋滞に驚いて必死に道を渡ってってのがね、いいよね。



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となると、インドに行く、ってことはインドの大地を踏むというよりもっとシンプルに言えばインドにいるインド人に会いに行く という行為なのかも知れない。
今で9カ国。そういうことを繰り返してきたんだなあと思う。

もうちょっとで目的地。先生はすでに他の話題に夢中です。


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07.08.05

マニ車を回したら [44]

ネパールのカトマンズからラサへ。
中国ですー。
あがるあがる、標高3650メートル。
あれ?日本一の山の標高はいくつでしたっけ??笑

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一歩一歩上らずにいきなりそんなとこに来ちゃったものなので登山してないのに高山病大流行。
頭痛いーお腹痛いーでだいぶ部屋にいた気がします。

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ちょっとの階段も息があがっちゃう。
高いとこでトレーニングするマラソン選手を尊敬した瞬間です。

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修行僧がいっぱいいるラサ。
マニ車ってお経が入った筒を回すとお経を唱えたことになるそうです。
ネパールでもみかけた。
一日中くるくる回してるおばあちゃん。
メグミがいった。
『ならお経読めばいいじゃん』
はっ、確かに。

でも回すのは楽しいマニ車。
お土産に買いましたよ?


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07.08.03

One Photoを きみに  [43]

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写真展奮闘記4 ラスト (随分引っ張りました。笑)

期間中はオリンパスで来場してくれた方を撮影。
っていうか『撮ってー』という要望が驚くほどに多く撮らされた感。
後日写真は送る(これはコクヨ様提供の印画紙)って話だったのでーできることはしっかり撮ること。
その、一部の一部です。

見てくれて、来てくれて、撮らせてくれてダンニャワードでした。

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07.08.02

Face to Face [42]

写真展奮闘記3

一言で表すならば、大盛況と言っていいのではないかと思う。
その証拠にがんばろーと思っていた呼び込みは必要なかった。
写真学生なので、会場の様子は見て、感じていただきたい。



1日目 7月6日
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睡眠時間は2時間。
『10時のオープニングまでにまにあわせなきゃー』『クリップが足りないー』『こらこら、写真触っちゃだめー』『セレクトこれでいい?』『イス、何個にする?』『だから、写真触っちゃだめー』
と、ばたばたしながらも無事スタート。授業で来てくれた学校もあり行列の出来る写真展となりました。やっぱり自分たちが写ってる写真が飾られてるのは面白いのかな、被写体になってくれた方も来てくれたりして再会が嬉しい。







2日目 7月7日
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『あちこちに貼ってあるチラシを見てきた』『お父さんがいってこいと言ったからきた』『噂になってたからきた』ってお客さんも。あとこどものリピーターも多いのが中間日のこの日。
ほんとにもう、元気で元気で…疲れたよー。アイスはどこですか、おまわりさん。








3日目 7月8日
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最終日は本来ならば学校で展示を行う予定だったが急遽、ボダナートというお寺に変更。
理由は簡単に言えば国の行事の関係で学校などの公共機関が急に休みになってしまったから。学校が休みなら生徒も来ないしここでやっても仕方ないという訳で大きな仏教寺院での開催が当日の朝決まる。
いろいろ、急すぎて実感が湧かなかったがここは世界遺産。世界遺産の敷地内で写真展をするなんてえらいことになってしまった。今までは子供が多かったこの写真展。客層もガラッと変わり近くに学校があるという修行僧も来場。坊主女子かわゆいなあ。







写真展のメインタイトル『Face to Face』にさせていただきました飯塚先生。
一年生の時の授業、いまに生きております。



一番、したかったのは交流なんだろう。
ネパールは英語を話せる人も多かったけど私の英語はとてもつたないものだし、ネパール語なんてチンプンカンプンもいいとこ。
そんな中でも学校に行けてない女の子が、仕事の合間に立ち寄ってくれたおじいちゃんが笑ってくれたのは写真という言葉が間にあったからだと思う。そしてお互いが顔と顔を向けて会っていたからだと思う。まさに『Face to Face』なのです。ええ。


佑木瞬、本格的な写真展というものはこのフィールドワークにきてからシンガポールとここ、ネパールで行ったが写真集は記録に、写真展は記憶に残るものなんだろうなと期間中にふと思った。何年かしてこの地を訪れた時に『ああ、そんな写真展をしてた日本人がいたね』って言われたら、どれほど嬉しいだろう。毎日展示して解体して…流動的な展示はそれなりに大変だったけど同じ所に留まらず転がり続けることは今の自分たちにあっている気がした。