旅人の条件5
それから、アスタナへ行く。
列車の旅。
寝台列車は4人部屋。
行きは上段のベッド、帰りは下段のベッド。
どちらもカザフ人と相部屋で、
言葉が通じないなりの目やジェスチャーのコミュニケーションが行ったり来たり。
それはそれで楽しかった。
それでも。
行きはLaoという名の英語がナチュラルな女性に助けられ、
帰りはNikonD80を持った英語のできる男性と盛り上がった。
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アスタナの感想をAikinaにもZangarにも聞かれたけれど、
アルマティみたいな独特さのない、いわば都市で、
なんて応えていいかわからなくて、
とにかく寒かった、がたがた震えてた、という話をして、
あんまり突っ込んだ話はしなかった。
でもそれで2人は笑ったし、
そのくらいの感じがいいのかな、とも思ったりした。
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たとえば、
都市ができていく様を見たことがない人がいたとして、
その人ができあがった都市に住んでいるのではなく、
いわば「町」に住んでいるとしたとき、
その人が初めて見る箱形のビルはどんな印象を与えるんだろう、
と考えてみた。
けれどそれはイメージできないし、
Aikinaたちは都市に住んでいる人たちだから、インタビューの相手ではないし、
そう考えると、
僕には到底手の届かないところにその感覚はあるんだな、と感じた。
バイテレクから見下ろした風景は、
都市そのもので、
でもその高さは低く、広く、大地から浮かんでいるみたいに作ってあった。
その境界線は明瞭で、
でも、その場所に立った時、それをどう記録して良いかわからず、
やっぱりこれは航空写真みたいな視点が要るかもしれない、と感じながら、
行きの歩き道の時とは様相の変わった、
軍人の立っている帰り道をとぼとぼ歩き帰った。
僕は結局何が見たかったんだろう。
いろんなところで、
旅人がいなくなっていく話を聞く。
旅人はもういないんじゃないか、と感じることの方が多い。
旅なんかしなくても世界の情報はすぐ手に入るし、
そこで何が起こっているかとか、どうなっているかとか、
そういうことはどんどんバーチャルになってきてしまっているんじゃないか、
とそんなことを考えた。
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ハンバーガーは、
バーガーショップでは不味く、
キオスクの安いものは美味い。
コカコーラは、
バーガーショップではぬるく炭酸が抜けているけれど、
スーパーではキンキンに冷えていて炭酸も強いし安い。
スニッカーズはどこでも美味しかった。
ボルシチはどこでも温かくて美味しかった。
それからアルマティに戻って、
また同じドミトリーに泊まって、
最初は陽気なデンマーク人、次は寡黙なカザフ人とのシェア。
どちらも誠実で、不愉快は感じなかったし、
どちらかといえばイングランドの彼とよりは快適だったかもしれないけれど、
でも、そういうことじゃなく、
総合的に言えば、
もう一度シェアしたい相手はイングランドの彼だった。
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それからもAikinaと会い、
お弁当まで作ってもらったり、
一緒にご飯を食べたり。
街を撮影し、また彼女や彼女の友達とご飯を食べ、
時にZangarとハグをし、どんどん仲良くなって、
最後の頃は英語の簡単な単語とジェスチャーでほとんどやりとりが通じるくらいになって、
僕はZangarをどんどん好きになった。
とてもいいやつで、中国語がしゃべれるらしかった。
ニーハオ。
迎えにきてくれた三人が同じように空港まで送ってくれた。
帰り際。
彼女がずっと親指にしていた指輪を僕にくれた。
彼女が14歳の誕生日に母からもらったラッキーリングなんだ、と。
そんな大事なものを!と返そうとしたら、
無理矢理小指にはめ込まれた。
少し緩かった。
「これはラッキーを呼ぶんだ。またここか日本か、それともどこかで会えるのを願ってるよ」
と、彼女も彼もその友達も、みんな同じことを言った。
それからしばらく4人でチョコレートを食べた。
友達。
たとえば日本なんかで、
友達、というと、いろんな人が居てもそこまで親身にはならないだろうし、
そこまで親身になると疑われたりする。
そんなぎくしゃくした感じが、
たとえば発展の副産物なんかだとするなら、
僕はdevelopedよりもdevelopingに魅力を感じるし、
それ以上ぎくしゃくした気持ちを得ていってほしくないなと感じた。
そういえば前にマレーシアで本当に仲良くなった外国人も、
パキスタンから来ていた、ムスリムだった。
今回も、ムスリムたち。
全然装いはそんな感じしないけれどね。
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なんだか、本当はもっとうまいこと言って、
うまいこと書いて、
綺麗にまとめたかったんだけれど、
やっぱりまだまとまりません。
カザフスタン。
また行きたい。冬は寒そうだから、ちょっと怖いけれど。

