Lines of Sight ~それぞれのアジアへの視線~
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08.09.14

旅人の条件5

それから、アスタナへ行く。
列車の旅。
寝台列車は4人部屋。
行きは上段のベッド、帰りは下段のベッド。
どちらもカザフ人と相部屋で、
言葉が通じないなりの目やジェスチャーのコミュニケーションが行ったり来たり。
それはそれで楽しかった。
それでも。
行きはLaoという名の英語がナチュラルな女性に助けられ、
帰りはNikonD80を持った英語のできる男性と盛り上がった。

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アスタナの感想をAikinaにもZangarにも聞かれたけれど、
アルマティみたいな独特さのない、いわば都市で、
なんて応えていいかわからなくて、
とにかく寒かった、がたがた震えてた、という話をして、
あんまり突っ込んだ話はしなかった。
でもそれで2人は笑ったし、
そのくらいの感じがいいのかな、とも思ったりした。


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たとえば、
都市ができていく様を見たことがない人がいたとして、
その人ができあがった都市に住んでいるのではなく、
いわば「町」に住んでいるとしたとき、
その人が初めて見る箱形のビルはどんな印象を与えるんだろう、
と考えてみた。
けれどそれはイメージできないし、
Aikinaたちは都市に住んでいる人たちだから、インタビューの相手ではないし、
そう考えると、
僕には到底手の届かないところにその感覚はあるんだな、と感じた。
バイテレクから見下ろした風景は、
都市そのもので、
でもその高さは低く、広く、大地から浮かんでいるみたいに作ってあった。
その境界線は明瞭で、
でも、その場所に立った時、それをどう記録して良いかわからず、
やっぱりこれは航空写真みたいな視点が要るかもしれない、と感じながら、
行きの歩き道の時とは様相の変わった、
軍人の立っている帰り道をとぼとぼ歩き帰った。


僕は結局何が見たかったんだろう。


いろんなところで、
旅人がいなくなっていく話を聞く。
旅人はもういないんじゃないか、と感じることの方が多い。
旅なんかしなくても世界の情報はすぐ手に入るし、
そこで何が起こっているかとか、どうなっているかとか、
そういうことはどんどんバーチャルになってきてしまっているんじゃないか、
とそんなことを考えた。


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ハンバーガーは、
バーガーショップでは不味く、
キオスクの安いものは美味い。
コカコーラは、
バーガーショップではぬるく炭酸が抜けているけれど、
スーパーではキンキンに冷えていて炭酸も強いし安い。
スニッカーズはどこでも美味しかった。


ボルシチはどこでも温かくて美味しかった。


それからアルマティに戻って、
また同じドミトリーに泊まって、
最初は陽気なデンマーク人、次は寡黙なカザフ人とのシェア。
どちらも誠実で、不愉快は感じなかったし、
どちらかといえばイングランドの彼とよりは快適だったかもしれないけれど、
でも、そういうことじゃなく、
総合的に言えば、
もう一度シェアしたい相手はイングランドの彼だった。


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それからもAikinaと会い、
お弁当まで作ってもらったり、
一緒にご飯を食べたり。
街を撮影し、また彼女や彼女の友達とご飯を食べ、
時にZangarとハグをし、どんどん仲良くなって、
最後の頃は英語の簡単な単語とジェスチャーでほとんどやりとりが通じるくらいになって、
僕はZangarをどんどん好きになった。
とてもいいやつで、中国語がしゃべれるらしかった。
ニーハオ。


迎えにきてくれた三人が同じように空港まで送ってくれた。

帰り際。
彼女がずっと親指にしていた指輪を僕にくれた。
彼女が14歳の誕生日に母からもらったラッキーリングなんだ、と。
そんな大事なものを!と返そうとしたら、
無理矢理小指にはめ込まれた。
少し緩かった。
「これはラッキーを呼ぶんだ。またここか日本か、それともどこかで会えるのを願ってるよ」
と、彼女も彼もその友達も、みんな同じことを言った。
それからしばらく4人でチョコレートを食べた。
友達。


たとえば日本なんかで、
友達、というと、いろんな人が居てもそこまで親身にはならないだろうし、
そこまで親身になると疑われたりする。
そんなぎくしゃくした感じが、
たとえば発展の副産物なんかだとするなら、
僕はdevelopedよりもdevelopingに魅力を感じるし、
それ以上ぎくしゃくした気持ちを得ていってほしくないなと感じた。


そういえば前にマレーシアで本当に仲良くなった外国人も、
パキスタンから来ていた、ムスリムだった。
今回も、ムスリムたち。
全然装いはそんな感じしないけれどね。
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なんだか、本当はもっとうまいこと言って、
うまいこと書いて、
綺麗にまとめたかったんだけれど、
やっぱりまだまとまりません。


カザフスタン。
また行きたい。冬は寒そうだから、ちょっと怖いけれど。

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旅人の条件4

アルマティではイギリス出身の彼と、
カザフ人のAikinaと、
いつもどちらかと一緒に居た。


夜は彼、昼は彼女、という具合に。
でもその隙間の時間とか、どちらとも合わない時がもちろんあって、
そういう時にたっぷり撮影が出来た。
その合間もいろんな人に声をかけられ、
わからない言葉に苦笑いして首をふり、
ヤー イズィ ィャポーニィといって、日本人強調をして、
そこから指差し会話帳を使ってコミュニケーションをはかった。
だいたい失敗だったけれど、
でも、おかげでメモ帳はページをどんどん消費して、
メールアドレスや住所で埋め尽くされた。
写真を撮られるのが好きな人が多くて、
カメラを向けるとすかさずポーズするもんだから困ったりもした。


でもその穏やかな街を歩けば歩く程、
その街を好きになっていく自分が居て、
それがすごく心地よかった。
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この料理はシャシリクです。
羊の肉の串焼き。
すっごく美味しいんだけれど、
お店で食べるにはちょっと高価。
だからあんまり食べられなかった。。。

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旅人の条件3

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日曜日。
僕はそれまで泊まっていたホテルのあまりの高さに辟易して、
安ホテルを探していた。
結局ドミトリーでもいいや、
と思ってドミトリー中心のホテルを目当てに少し離れたところまで着ていた。
そこでいきなり
「Are you a tourist, too?」と聞かれた。
目の前には髭もじゃビーサンのバックパッカー。もちろん金髪ロンゲのブルーアイズ。
久しぶりに見たバックパッカーだ!
カザフではおもしろいくらいに旅行者がいなくて、
それが清々しくもあったのだけれど、
だから余計に英語なんか通じなくて(ちなみにAikinaは日本語も英語も堪能)、
久しぶりに話し相手だ!
とのんきに「Yes, I'm from Japan and looking for a cheap hotel」と応えた。
すると彼は「シェアして安く済ませようよ」と提案。
うむむ!
突然の申し出にびっくりしたけれど、
まぁいいやとそのホテルを探し当て、
火曜日からシェアだ、と約束をして、ホテルの予約。
でも、内心すっごく不安だった。
ドミトリーなんて石垣島と台北以来。
日本人以外の人とのシェアは初。
どんなもんか、と思っていたけれど、彼は
一緒にネットカフェ探そう、と言って、
一緒に歩き出して、
結局どこも見つけらんなくて、
僕の高ホテルの近くのバザールの中にあるカフェでくつろぐことになった。
そこで約2時間、いろんな話をした。
イングランド出身だということ、
英語以外しゃべれないこと、
まだ23歳ということ(信じらんなかった)、
マスターをとる為に大学院に行ってるが、一年休学していること、
実はトルコを抜け、シリア、ヨルダン、イラン・・・という具合に七ヶ月も旅をしていること。
いろんな話をして、フィールドワーカーだ!と感じ、
彼の旅の目的の希薄さよりも、
彼が旅の中でいろいろな発見に出会っていくその体験談がすごく魅力的で、
あぁ、次はカメラなしで旅したい、と思わせてくれた。
もうそのころには完全に打ち解けていました。
火曜日からは彼と一緒に夜を過ごし、
飯が高い、
スーパーだ、
よし安い、
ネットカフェだ、
ここは安い、日本語読めない、いや、安い。
そんなことを繰り返しながら、
いろんな会話を重ね、
お互いのやりとりが楽しくて、
すごく仲良くなった。


その後、一足先に彼はアスタナに行ったのだけれど、
僕がアスタナに着いた朝、彼がアスタナを発つまでの2時間、
一緒に会って過ごした。
こんな出会いは、たぶん、二度とない。


でもいまだに23歳だなんて信じられないんです。
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旅人の条件2

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カザフスタン最初の街は、
中央アジアの経済中心の街としても発展したAlmaty。
日本語表記だとアルマティとかアルマトゥとか、発音がいろいろあるみたいに書かれるけれど、
現地人はアルマティと言うし、たまに旧称のアルマアタと言ったりする。


すごくのんびりした街で、
緑の繁茂にうっとりする。
街路樹が街を埋め尽くすんじゃないかと感じるくらい、
街は緑に包まれていて、
乾燥した空気は陽光を爽やかに流し込んで、
なんだか光が溢れた街だな、と感じた。


写真じゃまったくわかんないだろうけれど、
ロシア系、というとみんな白人をおもいうかべるんだろうけれど、
そうじゃなくて、
白人、黒人、黄色人種、インド人系、etc。。。
なんだかなんでもありな感じがした。
みんなそれぞれ顔かたち、骨格、まるで違うんだもん。
仲良くなった友達は日本人みたいな子と、中国人みたいな男の子と、ハーフな子。
宗教もゆるい。
ムスリムもクリスチャンも、ブッデイストも、普通に一緒にいる。
ロシア正教教会の前のバザールにいるほとんどはムスリムだったりする。
そんな穏やかさがすごく、心地よかった。


ただ、異常に高い物価には困ったけれど。


前述の通りカザフスタンの情報なんて日本じゃ手に入りません。
わかんないことだらけで、
たとえばタイに行くみたいな気軽さは全くなかった。
物価の情報もどこまで信じれるか、というバックパッカーのブログでしかわからず、
どんな街なのか、
どんな風景なのか、
どんな人種なのか、
どんな人柄なのか、
なんにもわからなかった。
だから、行く前にSkypeでなんとかだれか、
と思ってコンタクトをとって、そこからいろんなことを聞いたのだった。
でも、それが素敵な出会いになっていくだなんて、思いもしなかったけれど。


彼女は最初はそんなに乗り気じゃなかったのだけれど、
でも、話を重ねるうちに仲良くなっていって、
結局は、空港まで彼女の親友たちと迎えにきてくれた。
僕はすごく嬉しかったし、至れり尽くせりな出迎えに、感激して言葉もなかった。


正直なところ、どこまで信用して良いものか、
最初は推し量っていた気がする。
でも、そんな疑心暗鬼じゃいけない、と感じたのは、
Aikinaと僕が呼んでいた彼女と、
Zangarという彼女が連れてきた英語も日本語も喋れない男性の2人の優しさだった。


最近日本ではケフィアが流行ってるみたいじゃないですか。
僕、飲んできましたよ。
「これ、昔からみんな飲んでるんだよ」的なことをZangarが言って、
僕にごちそうしてくれた。
その店はコクトベにある、民族建物のレストランだった。
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美味しかった。


彼と彼女は最初の土曜日を使って、
僕をメデウとコクトベに連れて行ってくれた。
そこは、アルマティの観光名所。
大自然の中に息づく人々の意識というか、
そういうものを感じずにはいられなかった。
写真はほとんどフィルムで撮っていたから、
ここではあんまり載せられないのが悔しいけれど、
すごく素敵な場所だった。
そこには週末、
結婚式の一環として、新婚カップルがウェディングドレス姿で訪れる。
お祝いの場所でもあるみたい。
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そして、その次の日曜日から、僕は偶然な素敵な出会いの連続を経験していく。

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旅人の条件1

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ただいま、
おかえり、
元気?
元気だよ。


そんなやりとりをいろんな場所でして、
その度に、自分がそこでこなしている「山市直佑」という姿を実感して、
それが楽しくもあり、嬉しくもあり、
不思議でもある。
そんなことを感じてるのは、
なんてことはない、いつものこと。
でも、思うところがあるんだろう、
いつもより、長いことその余韻に浸っている気がする。


カザフスタンに行ってきました。
このブログを読んでいるうち、
もうそのことを知っている人がどのくらいいるのかはわからないけれど、
たぶん、
一期生のブログを読んでいる人は限られてきているような気がするから、
みんな知っている様な気分になるけれど、
そうではないことを期待して。


カザフスタン。
友達のうち半分がその国の名前を「なんとなく」知っていて、
でも、どこにあるとか、どういう国だ、という認識が全くといっていいほどなくて、
ある友達なんかは「カザフスタンって、国ですか?」
と聞いてきた。
”スタン”と聞くと、
アフガニスタンやパキスタンを思い出すんだろうけれど、
文化も風習も民族も歴史も全く異なった国。
だいたい、あの”スタン”が集まる地域(中央アジア)の歴史はすごくダイナミックなのに、
それを実感として知っている人はほとんどいなくて、
僕はそれが高校時代の歴史の授業で魅せられてしまっていたから、
それをカザフスタンで仲良くなった友達に熱弁したら、
「strange」と笑われた。


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遠い国。
という表現の為に「Afganistan」という単語が英語で使われるように、
陸をどこまでも越えた先にある、僻地。
でもその僻地に住んでいる人にとっては僕らの土地が僻地。
そういうもんなんだろう。
これはいつだったか五十嵐先生のブログに書いてあったこと。


カザフスタンはシルクロードにすっぽり入る国。
もといシルクロードをすっぽり抱える国か?
昔あの草原を、
あの大地を馬を駆った人々が行き来していたことを思うと、
すごく嬉しい。
この地に今自分は立っている。


トゥルキスタン、と呼ばれた、中国北方からモンゴルを抜け、シルクロードにかけて広がる大地。
そこの騎馬民族は中国に押され、
分断されたり、西方へ移動を余儀なくされたり、
そういう動きの中で西へ西へと進み、
今のトルコの土地を越え、
今のスラブの土地を越え、
ゲルマン民族を西へ押し出し、
フン族として西欧の歴史に名を刻み、
ハンガリーを建て、フィンランドを拓いた。


そのダイナミックな動きは、言葉なんかじゃ知れない、
大きな流れの中にあるんだって、いつも感じてた。


その国に入ったのは22時頃。
その国を出たのは23時頃。
約二十日間の旅の記録です。