Lines of Sight ~それぞれのアジアへの視線~
股旅-gdeh special- > Februar 2007 アーカイブ
07.02.28

手を振る影を視界の向こうに

いつもより遅く起きたわけじゃないのに、遅く起きたような気がしたのは、もう誰もいなかったからというのもあるけれど、それより、その前日に一睡もしていなかったというのと、ここ数日比較的朝が早かった日が続いていたというのがあった。
目が覚めたら、もう目の前が居間だ。もうふすまは開いていた。
祖父の姿もない。
寝返りをうって振り返ると、祖母の仏壇に明かりが灯っていた。


数分して、意識が覚醒していくにつれて、時計に視線が行く。
ぼやけた時計はそろそろ九時。たしか、九時半から引っ越しの見積もり。


起き出して、布団をたたみ、
寝間着を脱いで、洗濯かごに投げ込み、
寝癖を直して、服を着、
コップ一杯の水を飲んで、あれこれと、祖父と二人で荷物の場所を確認したり、積んでみたり。


なんだか、穏やかな午前中。


引っ越しの業者の方が帰って、
「やっぱり引っ越しは赤帽かヤマトだなぁ」と思案。
サービスでいったらヤマトか。


昼食を祖父と二人で食べている時に、ふと、
「あぁ、そうか。僕がいなかったらじっちゃんはいつも独りでご飯を食べるんだ」
と思った。
もう何度目かわからないけれど、そう思うと、引っ越すことにためらいが浮かぶのだけれど、
引っ越そうが引っ越すまいが、昼食を一緒に食べられない日ばかりだということは変わらなくて、
それにこの通勤時間の長さはやっぱり、精神的にも身体的にも良くないということは明らかで、
引っ越すんだよなぁ、と、今更、箸のすすみが悪くなった。


祖父はレンジの使い方を知らない。
だから、副菜の大半は冷たい。
僕がいる日は、レンジが動く。
だから、副菜はみんな暖かい。


時代劇を見ながら、冷たい副菜でご飯を食べる祖父の姿を想像したら、すごく寂しくなった。


そんな思いのまま、支度をして、家を出る。今日は駅まで徒歩だ。



家を出て、一つ目の角を右に曲がると、少し行った所でうちの畑が見える。
もうすぐ「うちの」じゃなくなってしまう畑の向こうで、祖父がこちらをみているように見えた。
裸眼で、ほとんど見えなかったけれど、とりあえず手を振ってみた。
そうしたら祖父が振り返してくれた。


それがすごく嬉しくて、なんだか泣きそうになった。


http://naonaoichinao.blogspot.com/

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07.02.17

恋愛小説

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電車酔いするようになったのは
睡眠不足と食生活のせいで
それをある程度改善してからは
少し
よくなりました。



それから
また電車の中でも本を読めるようになりました。



最近読んだのは
「タマリンドの木」です。



珍しく恋愛小説なんて
読んでしまいました。



その小説の舞台は
タイとカンボジアの国境の町で
半年間の旅に出る前と
帰ってきた後では
小説の印象も
ガラリと変わってしまいました。



でも
あんな風に
人をおもえるって
すごく素敵だなって
思いました。



そんな風に
人を想えるようになれたら



そんなことを
帰りの電車の人混みの中で
淡々と考えたりしています。



もう春はそこまで。



まだ先のことだなんて
思えません。

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07.02.11

季節を忘れる

 摂氏15℃と摂氏21℃の間を一往復。FWでの作品の再撮(気分的には加撮だった)に台湾へ行ってきた。成田空港も祖母が逝去した時以来だからもう八ヶ月以上来ていなかった。意味もなく感慨深く感じたりもした。


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台北は一年前とたいして変わっていなかった。工事現場に建物が骨格を現したり、新幹線が走ったり。その程度の変化は、当たり前だけれど、景色にも空気にも影響なくて、それが余計に一年前に撮れなくてあれこれ模索してたことが頭にへばりついて離れなかった。でもさすがに二回目。今回は実りあったり、と思いたい。(なきゃ困る笑)

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台北の気温は上着を脱いでちょっと暑いくらい。歩くと一張羅でちょうどいい。けれどここも北半球なだけあって、冬らしい格好の周りの人々。都内の服装と台北の服装はほとんど同じで、みんな厚手のコートやダウンを着ていた。薄手のシャツの袖をたくしあげていたのは街の中で僕くらいだった。旧正月の直前、街はなんだか浮足だっているよう。僕の中で、回帰線を超えた地域は雨季と乾期しかなくて寒くはない、というイメージなのだけど、ここは冬だった。季節というのは、その土地の時期時期の習慣とか行事が気温とともに踏襲されていくものだと思う。そうであれば台湾だって日本でさえ季節は脈々と人の中に息づいている。その季節を半年も忘れていたのは異邦人だった僕の方であって、レンズの向こう側ではなかったのかもしれない。生活が都市にのまれようとも、都市をのみこもうとも、季節はその土地の人たちの中にちゃんと生きている。そんなことを、台湾に再び戻って、やっと思い知った。そしてその途端に嬉しくなった。ただ、長袖の写真が今までの写真の中に溶け込んでいけるかが不安にもなったのは事実だけれど。


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わざと道に迷って、鼻歌を歌って、写真を撮って、自分の居場所を見失って、また知ってる道に出て、水をがぶ飲みして、タバコを吸って、写真を撮って、道に迷う。その連鎖が懐かしかった。あぁ、半年前までそんなことを繰り返していたな、と。そして余程組み立てた撮影でない限り、またそれを繰り返してくんだな、と。今度は寒い地域の撮影を、そんな風にしてみたいな。

早く新しい企画に頭をヒットされたい!




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そして、予定を消化して、日本に帰ってくるのは当たり前なのだけれど、飛行機も成田空港も非日常の感じがなさすぎて、加えて台湾でも日本語が溢れていたせいかもしれないけれど、帰路が当たり前な日常っぽくて逆に違和感を感じた。けれど、そうやって日常に返れるのは、とてもいいことなんだろう。そしてたぶん、だからまた同じように、すっと遠いところを見に行けるんだと思う。

そしてその場所でもその場所の季節を感じていたい。




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(帰路にて:上野〜東大宮間)

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