手を振る影を視界の向こうに
いつもより遅く起きたわけじゃないのに、遅く起きたような気がしたのは、もう誰もいなかったからというのもあるけれど、それより、その前日に一睡もしていなかったというのと、ここ数日比較的朝が早かった日が続いていたというのがあった。
目が覚めたら、もう目の前が居間だ。もうふすまは開いていた。
祖父の姿もない。
寝返りをうって振り返ると、祖母の仏壇に明かりが灯っていた。
数分して、意識が覚醒していくにつれて、時計に視線が行く。
ぼやけた時計はそろそろ九時。たしか、九時半から引っ越しの見積もり。
起き出して、布団をたたみ、
寝間着を脱いで、洗濯かごに投げ込み、
寝癖を直して、服を着、
コップ一杯の水を飲んで、あれこれと、祖父と二人で荷物の場所を確認したり、積んでみたり。
なんだか、穏やかな午前中。
引っ越しの業者の方が帰って、
「やっぱり引っ越しは赤帽かヤマトだなぁ」と思案。
サービスでいったらヤマトか。
昼食を祖父と二人で食べている時に、ふと、
「あぁ、そうか。僕がいなかったらじっちゃんはいつも独りでご飯を食べるんだ」
と思った。
もう何度目かわからないけれど、そう思うと、引っ越すことにためらいが浮かぶのだけれど、
引っ越そうが引っ越すまいが、昼食を一緒に食べられない日ばかりだということは変わらなくて、
それにこの通勤時間の長さはやっぱり、精神的にも身体的にも良くないということは明らかで、
引っ越すんだよなぁ、と、今更、箸のすすみが悪くなった。
祖父はレンジの使い方を知らない。
だから、副菜の大半は冷たい。
僕がいる日は、レンジが動く。
だから、副菜はみんな暖かい。
時代劇を見ながら、冷たい副菜でご飯を食べる祖父の姿を想像したら、すごく寂しくなった。
そんな思いのまま、支度をして、家を出る。今日は駅まで徒歩だ。
家を出て、一つ目の角を右に曲がると、少し行った所でうちの畑が見える。
もうすぐ「うちの」じゃなくなってしまう畑の向こうで、祖父がこちらをみているように見えた。
裸眼で、ほとんど見えなかったけれど、とりあえず手を振ってみた。
そうしたら祖父が振り返してくれた。
それがすごく嬉しくて、なんだか泣きそうになった。
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