股旅-gdeh special-

秋の色彩、冬の日向
最近、少し余裕が出たのか、自宅にいる時間が少し長くなった。自宅にいる時間が長くなると、必然的に家族と話す時間が増えて行って、自分の気分がだいぶ落ち着いて行く。やっぱり休息は必要みたい。
今朝庭に出てみると、大根がそのままで干してあった。いや、普通は切ってから干すだろう、と思ったけれど、面白かったのでつい。。。笑 とはいうものの、こうやって庭で干したり、小屋で漬けたり、と実家ではいろいろやっている。それが僕の日常で、それをずっと見て育ってきたから、その習慣はある程度受け継げたらと思うし、祖母亡き今は、祖父と父がすべてそういうことをやっているけれど、いずれは自分もそこに混じりたいなぁなんて思ったりもしている。まだやってないけれど。
実家の庭は広い。なんとなく、で撮り始めた庭の写真も、だんだん自分の中で面白いと感じるようになっていて、というのもとても身近だった風景が現像したてのフィルムに定着されているのが不思議で、それと同時に、こんな庭だったんだと再認識できるからで、更に言ってしまえば、撮れば撮るだけいろんな面を知っていく。いろんな面を思い出していく。
ただの「盆栽が並べられている場所」ではなく、祖父が丹念に手入れをしている姿が鉢植えから垣間見えたり、はたまた朽ちたと思っていた木が、鉢ではなく土の方に根をはっていたりだとか、そこに集まる虫の種類だとか、果実の鮮やかさ、コケ、昔オタマジャクシを集めた発泡スチロールにはった、もう濁ってしまっている雨水。雨に消される前は油性ペンで盆栽の名前が書かれていた指し札。古い自転車。傘。
並べて行けばきりがないけれど、いろんなものがいろんな過去を持って今の姿でひしめき合っている。これはどんな空間でも当たり前のことなんだろうけれど、身近にこんな空間があるだなんて不思議な気がした。
まだハチやヤブ蚊なんかも飛び交っていて、この間はカマキリが僕の自転車にくっついていたりなんかしたから、まだ冬にはなっていないんだと思う。日向の光の溢れ方や太陽の落ち方なんかはまるっきり冬のそれなんだけれど、でも体の周りにある空気とか葉花が見せる色合いだとかはまだ秋のままで、今が季節の変わり目なんだなということをすごく実感させられる。その季節の変わり目、こうやって庭の真ん中に立つ日が増えてきているのはすごく楽しい。
言葉と言葉と
What I often think recently is that I hear the unfortune of grandparents of my friends. My grand-mom also left this world this summer, June. It's an accident, I see, but I can't ignore this. I let myself think like this, 'This year is such a year.'
But according to talking of my friends, everyone feel pain of each heart through thought with a similar way
when his or her close person died. One of my friend, I call him 'Y' here, who has been close to me for a longet time in my friends, lost his grandfather this month. And he blamed himself because he couldn't see the time when his grandfather stopped bleath, because he coldn't cry and shed tears for sadness, because he behaved calmly, not lost his head. It's not bad things of him, he also understood it. But he couldn't help blaming himself. And it's the same to five-month-ago me. I still have the feeling.
Though, the way to be sad is depended on person, so that it can't be a proof that he or she is coldhead.
The old generation disappear earlier than young that. It's natural, but it's also the thing which we, who's in young generation, must not forget. A chain. It's nice that we can set each hope on young generation, isn't it? We must not keep being at a loss for sad because of death of a close person, and don't have much of time. There's no problem, I think.
I'm said that I had a bit change of myself after going around Asia.
Teacher K always says that voice of everyone in my class became louder than before. It means that we come to talk to others with looking eyes of others. But for my own, I don't think that experiences in Asia change myself but death of my grandmother, twice back to Japan because of that. There was a term that I felt lonely very much, and during that I thought about family. When I go back to Japan alone, when I do housework for all family members were busy, when I go out Japan to India, when I leave alone in Malaysia without Ali, when I was impatient to take pictures and to get in frends in my class, when I have a call from Japan, in a plane without seeing friends and Teacher Igarashi, from Narita Airport to Home, during the funeral and after that, ....I thought about family. much than before, much than later. Now I think about family of course but less than that term. I really tried to find out how I feel and how I should do.
In the fact, I can't feel reality about grandmother. There's even an imagination that my gran'mam comes upstairs with sounds of her foot. but there's no way to let it be real. And I never talk this thought to my family, but we happen to own this feeling in common. We're making our bonds, not from death, from each of us was born.
I think Y is alright. He have a strong will. And also he knows how he is weak. So he thinks about family. It's the evidence of his right. I hope I can see he's doing his best soon.
久しぶりの
連日更新は久しぶりです。いつ以来。。。? たしかFW終盤のフリー三週間はほぼ毎日更新していたからあれ以来になるはず。そんなこんなで、今日も学校に居ます、やまいちです。
半年間の旅が終わって日本に帰ってきた日に何故か京都によって、そこで二泊もしてから地元に帰るなどという親不孝なことをして、そのときに撮った写真をようやくつなげることが出来た。というのも、最近毎日のように学校に来ていて、月曜日には僕が二年生のときにお世話になった高橋先生がいて、そこであるフリーソフトのことを教えていただいたのだ。それがHug in。すごい、これ。フォトショでも四苦八苦するようなパノラマ加工をほとんど自動でやってくれる。なのにフリー。タダ。
下の写真は今日テストしたもの。撮影は京都です(上記、並びに過去のブログ(九月ごろ)参照)。京都の鴨川沿いにぶらぶら歩いたときに何気に撮った写真。撮影はオリンパスのデジタルコンパクトカメラだから、すごい気楽に撮れた。時代は変わるもの。こんな便利なんだもん。それでも大事なものが変わっちゃうのはイヤー、だなんて思いもどこかにあるのは欲張りなんでしょうか??笑
※写真はクリックすると拡大表示されます。
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editorial works(自分用)
ようやく長かった半年間の写真をまとめる段階に入ってきている。まとめる作業はもう九月にはかなり進んではいたけれど、川の写真の時の最終段階みたいに(それでも川の写真群のシリーズが完成したとは思えないから、中間地点と言った方がいいかもしれない)こうやって大きなプリントを目の前にするのとしないのでは全然違う。やっぱり大きく伸ばすのはいいなって思う。小さいサイズだと旅行写真じゃないって思いたくても、それに見えてしまう。けれどサイズアップした途端に自分の写真っぽい雰囲気になるから不思議だ。
最近ずーーーーっと学校のパソコン室にこもっていたから話題が少ないけれど、またそろそろ撮影したいって思うようになってきたから、ちょっとずつ更新のスピードも上がるといいな、なんて。
そうそう。気は早いけど。向こうではこんな写真を撮ってました。


電話
この間、友人と上野を歩いている時にアリーから電話がかかってきた。
最初は見慣れない番号に戸惑ったけど、声を聞いて、その番号の出だしが「60」なのに納得がいった。
マレーシアの国番号は「60」。
そのとき一緒にいた人は、僕がまったく英語をしゃべれなかった時の様子を知っているから、僕の言葉が切り替わったのを見て、「成長したなぁ」と思ってくれたらしい。
それはすごく嬉しい評価。
アリーには長いことメールを返していない。西安で知り合ったジンヤンにもメールを返信していない。面倒なわけじゃなくて、忙しさにのまれて、それどころじゃなかった。今日でなんとか一段落付いたようなものの、それでも半年間歩いてきた写真に対して、自分でもまだ飲み込めない部分が多々あって、それをどうしようか、手こずっている。
アリーは僕がメールを返していないことに関しては、然して気にしていなかった。むしろ、連絡がつかない、という点ですごく心配してくれていた、僕のことを。最初の一言は「あぁ、よかった。なお、元気そうだね」。よく聞き取れなかったけど、こんな具合のことを言っていた。こういうやつって中々いない。加えて言えば、そういうまじめな話をした後に、「日本に遊びに行った時に、日本人の女の子を紹介してくれ」なんてマジで言えるやつなんて中々いない。いや、いてほしくない。けど、アリーはそういうやつで、それを僕は好ましいと思うし、素直なやつだとも思う。こんなに相手のことを親身に考えながら、それでもちゃんと自分のことに関しては素直に考えているあたり、羨ましいなと。
そう。アリーが日本に遊びに来ると言う。冬。写真展見せられたら良いなぁ。
冬の空気がビリビリと手を逆なでするようなそんな空気も伝えたい。知ってほしい。僕が好きな空気。灼熱の乾燥した大地で育ったアリーには初めてのことになるかもしれない。でも、僕はアリーが彼の好きなものを一生懸命僕に伝えようとしてくれたように、僕もアリーに何か伝えたい、なんて思うのだ。
