Lines of Sight ~それぞれのアジアへの視線~
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06.08.31

雨の匂いを嗅ぐたびに昔のことを思い出す

 一日、雨が止まずにすっきりしない一日だった8月31日。シンガポール日記その③。
 とはいっても昨日、一昨日とちょっとテンションが高めなままきてしまったので、そろそろ戻そうと思う。なんて言うと、まただらだらした文章が続くのかと思われるかもしれないが、その通りなので否定はしないけれど。


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 気付けばもう8月も終わるというのに夏を満喫するようなことなんて何も無くて、わかりきってはいたけど、九月になろうとしていて、僕たちが日本に帰る頃には九月も半ばになっていて、晩夏というか初秋というかなんとも言いにくい季節になっているんだなぁと思うと、こういう雨もその頃には親しみをこめて感じられるのかもしれないと勝手に思った。雨。撮影がこう、立て込んでいるというか、「やるぞっ」という気分の時にはすごく憂鬱な天気だ。昨日の土砂降りのおかげで靴がぐしょぐしょになっていたのでサンダル履きをつっかけて、傘を肩にはさんでカメラを斜めにぶら提げて。端から見たら酷く滑稽な格好だけれど仕方なくて、そうでなくたって雨の日は光が落ち込むのにこんな格好だから手振れを気にせずにはいられなくて、撮影するときは歩いているときの数倍滑稽になる。首と肩で傘を挟んで、カメラを目の位置まで持ち上げて、震えないように足は蟹股で踏ん張って、じっとこらえてシャッターを切る。なんて無様。


 今日はマーライオンを拝もうじゃないかと(昨日もセントーサで見たけれど、本家本元のwater frontにあるマーライオンを拝もうと思った)シティホールの方へ行ったわけだけれど、そこは一番のオシャレなエリアで、そんな所にそんな格好で行ったもんだから、恥ずかしいとは思ったけれど、案外人も少なくて、加えて言えばマーライオンの周りはこんな天気だというのに、自分と同じように観光に来ている人が沢山いて、結構その光景も間延びしていて面白かったから、そこに混じれたという意味で、それなりに良かったと思う。


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 変でしょ。マーライオン、どこまで間抜けなんだろうって思ったけれど、それに向かってシャッター切ってる自分の姿のほうが余程間抜けに思えて思わず笑ってしまった。


 それにしても、シンガポールはどこに行っても街路樹が逞しい。熱帯の特徴なのかもしれないけれど、一本一本の幹がしっかりと主張していて、それを近づいてみるとその息吹と言うか、ここで生きているんだ、というような意気込み見たいなのが感じられて、そこから何歩か退いて見てみると今度はそれらが一つの塊みたくなって、コンクリートの灰色の町を鮮やかに染めていて、ビルとビルの間にうまい具合に木々が入り込んでいるのがわかる。コンクリートジャングル、なんて言葉をどこで覚えたかは定かではないけれど、シンガポールはコンクリートジャングルではなく、なんというか、緑の木と、人の建てた「木」が共存して林立している街なんじゃないかと思った。でも、その印象はバンコク辺りから漠然と感じていて、でもバンコクよりクアラルンプールの方がそれを感じたし、クアラルンプールよりは断然シンガポールだ。残念ながら中国ではあまり感じなかったけれど、でも、中国でも日本なんかよりは木の太さとか余裕というのは感じられた(これはどちらかといえば土地の広さに関わるのかもしれないけれど)。僕は出身が田舎だから東京みたいなコテコテに作られた街を見て憧れみたいなものを持つけれど、あまり「好き」とか「好ましい」感情はいだけない。それは明らかに「緑の繁茂」という感覚が欠落している街だからで、そういうところは利便性を求めて行ったりはするけれど、進んで住みたいだなんて思えない。でも、シンガポールみたいな緑とビルが林立している(見方によってはビルが緑に囲まれている、逆もまた然り)町は、「好き」だと思う。そこには気候も関連して来るんだろうけれど、それ以上に人が緑を意図的に配置しているのがわかるからだ。だから、この繁茂の仕方は反則じゃないかと思うのだけれど、結局「住む」には至らず、当たり前だけれど、明日にはもう出て行ってしまうんだなぁと、なんだか寂しくも思うのだ。


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06.08.30

Raj RamayyaのStrangers

 を一日中聞いていた8月30日。
 シンガポール日記その②。


 ごろりと寝返りを打ってふと目を開くとカーテンの隙間がやけに光っているように感じて起きだすと、真昼間だった。時計を見る。午前十一時。。。目覚ましはどうした!?
 確認したらしっかり鳴った形跡があった。そんなこんなで今日も大寝坊。それでも昨日よりは早く、と急いで急いで15分後には部屋を出た。男で良かったと思うのはこういう時。それから快晴のリトルインディアで、昨日の夕飯にも食べたカレー屋さんに行き(8/29のブログ参照)、腹ごしらえをし、いざ、セントーサへ。
 地下鉄北東線でHarberfrontまで約15分ほど。それから地図を頼りにケーブルカーで。
 しかし、ここでハプニングが起こる。
 ハプニングとは願ってもいないときとか、予想だにしていないときに起こる起こってほしくないもののことで、当たり前だけれど、その瞬間、凍りついた。


 雨。


 しかも、半分暴風雨っぽい。雨。
「さっきまで晴れてなかったっけ?」
「いやいや、気のせいだよ」
「雨なんか降るわけないって」


 現実逃避もそこらへんまでにしよう。雨が降っている。さっきまでカラリと晴れていたはずのシンガポールで雨が降っている。雨、と言うよりスコール。これは結構ひどいんじゃないかと思った。とりあえず、セントーサに行こう。きっと天気も回復するだろうし、何かしら写真が撮れるかもわからない。そう思ってケーブルカー乗り場を探す。隣のビルに移って、やっと見つけた頃には雨も収まりだし、風はやんでいた。ケーブルカーのチケットを買ってから気付いたけれど、ここのケーブルカーは地上15階くらいのところで、暴風雨の最中乗ったらさぞ揺れるだろうと思われるようなもので、そんなものが何故こんな街中にあるのかというと、ケーブルカーといえば山登りで、山があるのだ。シンガポールの本島の方にはMt. Faberとかいう“小高い”という感じの標高105mの山がある。そしてセントーサはセントーサで火山活動で出来た島だから、島中央はそれなり標高が高い。というわけで、その二つの「山」を結ぶべく、ケーブルカー。。。(せめてモノレールにして、というのが正直な見解だけれど)


 そして、乗車。。。その途端。。。
 暴風雨再び。泣くしかないと思った。けど、相席の三人はとっても賑やか! そして楽しそうに揺らす。


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 でも、島が近づいてくるにつれて、僕の方の気分も良くなってきた。というのも、緑の繁茂の仕方がすごいのだ。例えるなら、日本で横浜の方から鎌倉行きの電車に乗ったとして、東鎌倉の手前のトンネルと、そのあとのトンネルを一度にぐっと越えてしまったような感じだった。それまで緑の少ない(とは言っても、中心部からして日本よりも全然多いけれど)コンクリートジャングルが眼下に広がっていたのに、セントーサに入った途端、下は溢れんばかりの緑で、目の前にマーライオンの大きな像が見えなかったらどこだかわからなくなる。実際、マーライオンの斜め下辺りにどう見ても日本の神社としか見えない鳥居とか社があって、それが緑に埋もれている様は鎌倉を彷彿とさせたし、緑の茂り方はジャングルまでは行かなくてもやっぱり熱帯の植生らしく、見たことの無い葉の広げ方をした木が沢山茂っていた。


 セントーサについてからも雨がひとしきり弱まるまで、みんな同じ「ケーブルカー駅の出口」で雨宿り状態。中には本を読み出す人まで。


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 そして、40分後、ようやく雨脚が落ち着き、ビーチまで。しかし、そうでなくたって気分が乗らないのに、すぐに天気は崩れ、思うようにいかず、ある程度で切り上げてしまった。
 それでもセントーサはビーチあり、マーライオンあり、神社あり、戦跡(っぽいモニュメント?)あり、アトラクションが山ほどありの、盛りだくさんな島だった。(ほとんどするーしたけど。)


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 その後、天気が回復するわけもなく、結局土砂降りになり、視界すら危うい。。。というところまで崩れる天気。その中、とぼとぼと収穫もなく帰路に着きました。
 明日こそ。。。


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昼頃に目が覚めて

 というわけで、シンガポールの日記その①。
 自分が意識するよりもずっと下のほうに疲れとか眠気はあるみたいで、目が覚めたら11時をまわっていた。分厚いカーテンで全く分からなかったけれど、時計を見てげんなりして、それからシャーッとカーテンを開けると嫌なくらいの青空。さぁ、撮影だ。。。
 その前にリトルインディアの北端のこの宿の近くにある、中華系のお店で朝ごはん。(とはいっても食べ始めはすでに一時だった)

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 それから歩き出すと、雲行きは微妙になり、気付けば真っ暗。スコールでも来るのかと思っていたらポツリポツリと雨粒。やれやれと思いながら逃げ込んだモールはなにやら見覚えのある文字。
「SEIYU!?」
 それって、あの日本の・・・?その中には無印良品店、和食のお店、お茶屋さん、それからそれから。。。
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 どこにも入らなかったけれど、ここまで日本っぽいものばかりが並んでると、嬉しくなるもんです。


 結局スコールみたいなまとまった雨は降らず、天気もすぐに回復してしまって、僕がシンガポール川に差し掛かった頃にはすっかり晴れていた。


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 気付けばリトルインディアの北の端からチャイナタウンの南の端まで歩いていて(地下鉄の駅にして6個)、さすがに疲れたはずなのに、全然疲れを感じていなくて、というのも一日中楽しくて仕方なかったからだ。ほんとはリトルインディアの辺りを徘徊したら帰るつもりだったのに、気付いたらこんなところまで来ていて。。。というのが最初の感想だったけれど、地図を見たらすごく歩いていて、でもそんな時間は経っていなくて、という感じで、縮尺をよーく見たら、自分が想像していた以上に小さい町だということがわかった。小さい町なのに、KLなんかより断然発展していると言うことは、狭く深く発展できると言うことで、地理的にも地形的にもここが発展しないわけは無いようなところ(海峡の目の前の半島の先端なんて絶好の立地だ。軍事的にも経済的にも)だから、当たり前なのだけれど、それでもこの町の小ぢんまり加減にはびっくりした。
 こんなに綺麗な町はどうなんだろう。リトルインディアとかチャイナタウンとか言われたら、普通の人はどんな町並みを想像するだろう。今日の写真、全部リトルインディアかチャイナタウンです。やっぱり所変われば景色も変わる。人の雰囲気も変わる。洗練されていっているのか、後退しているのかはどちらを「superior」の軸に置くかで変わるけれど、先進国はこういう、「差異の少ない雰囲気」に収まって行く気がした。そして僕にはそれがすごく心地いいことにも感じられる反面、すごく寂しい気分もどこかに残ってしまう。


 そんなこんなでリトルインディアにまた戻ってきて(帰りはもちろん地下鉄を使った。地下鉄の雰囲気はタイのバンコクの地下鉄を何倍かきれいにした感じ。すっごく静かで、快適です)、いつも行列で、二回ともその行列を敬遠して入らなかった店に、ピーク前に入った。。。ら、当たり前に美味しくて、値段もその近辺の中では一番安かった。。。すごくいい店を見つけました。
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 Jalan Besal と Kitchener's Rd(名前から美味しそうな通りの名前!)の交差点の角にある、一見中華系のお店。経営してるのは中国人の家族。でも中身はインド料理!中華とインドの折衷って言う感じだそうです。それをこっちでは「Chindian」というそうです笑。
 このカレーはまろやかで、片栗粉で軽くとろみがつけてあって、味付けは日本のカレーに程近い。そんな感じでした。上にのせる具はもちろん、自分で選べます。この日はインゲンの炒め物と卵焼き、チキンのフライをのせて、2.7シンガポールドル(約200円前後)。


 明日行こうとしていたチャイナタウンを今日行ってしまったので、明日はちょっと観光気分を引き連れてセントーサへ行こうと思うのです。

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06.08.29

車窓に映った影と車窓越しに見た影

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 出て行くときに、藤野さんが何度か「寂しい」と言ってくれたけれど、それは彼女だけじゃなく、先生とか田栗君とかも少なからず感じていたのかもしれない、なんて思うのは最後に僕が宿舎から出て行こうとしたときに、直前に僕が声をかけたから目覚めてしまった田栗君も階下まで見送りに来てくれて、今度はシャッターの開ける音で目が覚めたのか先生まで起きだしてきてくれて、結局全員に見送られる形となったてしまったからで、今日僕の後に残っていた二人も今頃はそれぞればらけてしまっているだろうから、これで全員がフリー期間に突入したことになる。  僕が宿舎を出た時間はもう六時半を回っていたのに、辺りは薄暗くて、人もほとんど歩いていない。夜明け前の道そのものだった。野良犬みたいな大きな犬とかもこの時間にはさすがにいなくて、僕を追い抜かしていく何台かの車以外、誰もいないように思えた。でも、時間は確かに朝に向かっていて、家は起きだしているし、そのうち何軒かは庭先で何かしていたりするから、やっぱり暗くても朝なんだと思った。熱帯の朝は遅くて夜は早い。12時間サイクル。  LRTに乗った頃少しずつ暁が見えてきて、厚い雲を切り裂くように光がふぁぁっとこぼれてくるのを見ながら、なんだか懐かしい気分になった。
 それからKL中央駅で乗車時刻を待って、列車に。  列車は安いほうの座席をとったのに、それでもゆったり座れて、何故だか終点まで僕の隣りは誰も入っていなくて、結局二人分のシートを広々と使ってしまうことだってできた(しなかったけど)。
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 都市から地方へ進むに連れて、ただでさえ多く濃い、緑の色がどんどん繁茂していって、最後には緑のトンネルを走ってるような錯覚にまで陥った。二時間位した辺りでうとうとしだし、気付いたらあと1時間で国境、というところまできていた。
 迂闊。。。


 それでも車内は安全で、快適だったから良かった。ほんとに起きたときは軽く焦って、上の棚においておいた荷物をこっそり見上げたりなんかもしたけれど、実際ほとんど止まらない列車なのだからあまり心配することも無かったなと思った。後ろの席では西洋人が鼾をかいていた。


 それから南端の駅(田栗君がまさに行った町だ)で出国をさらりと済ませ、シンガポール領内の駅に入ってから入国手続きをしっかりと行った。いつも不思議なのはクラスのみんなといても、一人でいても僕は大抵鞄を開けられる。その上フィルムまで箱から出される。やっぱり珍しいのかなぁと思ったりもするけれど、実際のところ、他のクラスのみんなが開けられてるのを自分の目で目撃していないからなんともいえないけれど。今回も例に漏れず、色々開けられ、根掘り葉掘り聞かれ、シンガポールから日本に直に帰らずにマレーシアと韓国を経由する話をしたら感心されてしまった(何故)。


 そしていよいよシンガポール。


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 今までの国の中で一番整頓されていた気がする。もしかすると(もしかしなくても僕の印象では断然)日本より綺麗だった。
 すごい所に来た。それが第一印象だった。綺麗。なのに緑の深々とした色合いは目にまぶしい。熱帯の良さがこういうところのコントラストになるんだと僕は勝手に満足して、もう歩きたくて仕方なくて、最初の予定ではタクシーで駅からホテルまで行ってしまおうと思ったのに、鉄道駅から地下鉄の最寄り駅まで15分ほど歩き、またまたホテルの最寄り駅から20分ほど、あのバックパックとカートを持ちながら歩いた。


 明日からが楽しみだ。
 しかし物価が一気に上がって少しあえいでいます。
 負けずに、飢えずに頑張ろうと思います。

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06.08.26

水飛沫と夕陽の跡

 昨日で、長いようであっという間の、いわばとっても内容の濃かったスクーリング期間が終わって、昨夜のうちに三人が出発していって、今朝起きたら歯がぼろぼろ抜けたみたいにからっぽのベッドが増えていて、羽立の旦那も奈々子も、もう当たり前にいなくて、アビーとかズミィ・イマイズミの姿もなくて少し寂しいなと思ったけど、それでも爽やかに晴れきった朝を迎えた。残り11人。
 それから郵便局で「高い!」と思いながらも14kgにもなるベタ焼き・その他諸々の荷物を日本へ送って、宿舎に戻ってきたら、今度はサトケンが出て行った。そのあと大谷さんが出て行って、そんなこんなしてるうちに郵便局にいっていたもう一団が帰ってきて、急ぎ足で荷物をまとめて徳田と早川さんと宮澤さんの三人が元気良く出て行った。宿舎にはウォンさんと先生と残り6人だけになっていて、昨日までのてんやわんやな状況とか騒がしかったのが名残惜しいというか、この施設の普通の人数が20人以上というイメージが強すぎるのか、それが残滓みたいに残っていて、隙間がやけに多すぎるように感じた。シンガポールからマレーシアに戻ってきた後この宿舎に泊まろうとしていたのをやめてよかったなと、この時ほど感じた事は無かった。やっぱり、「建物」と「人数」の関係は、最初に慣れたものの印象というか感覚というか、そういう類のものが強すぎて、それより不足していると、とんでもなく寂しく感じたり、広く感じたりしてしまう。
 だからというわけじゃないけれど、洗濯物が乾いていないのを確認すると、いてもたってもいられなくなって、ブッキピンタンの方にぶらっと行ってみた。


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 久々にしっかりと外出なんてしたから暑さに慣れていた身体も鈍っていて、そのせいで蒸し蒸しする天気のわりに汗がうまくかけず、辟易しながらぶらぶら歩いていたら、交通整理をしていたおまわりさん(渋滞緩和の為の右折禁止をやっていた)に話しかけられた。出身を聞かれ、日本と答えると、やっぱり思ったとおりの反応が返ってきて、実際そんな綺麗な町でもないのに、みんなビューティフルと言って、一度は行ってみたい、と遠い目をして僕の反応をうかがう。アリーとかを見ていれば日本に対する憧れみたいなのはよくわかるんだけれど、実際自分が生まれ育った国だから、憧れというより懐かしむとか慣れ親しんだとかそんな気持ちのほうが強くて、それでいてそんな風に羨ましがられるから、こっちはなぜだか恥ずかしくなってしまって、今日もそうで、僕がしなくてもいい照れ笑いをしていると、「暑いでしょ。ちゃんと水飲んで、気をつけてね」なんて優しい言葉をかけてくれた。日本人のあいまいな照れ笑い。それはこんなところからくるんじゃないかとか思った。その後、彼が車を止めてくれて、ようやく道を渡れて、もう一巡りした後の帰り道。
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 みんながいなくなっても、やっぱり自分とか、他の人がご飯を食べるというのは当たり前だけれど変わりが無くて、その日の帰り道もずっと何を作ろうか頭の中で料理し続けていた。
 残っている、早く食べたいもの。。。開封済みのパスタの乾麺、うどんの乾麺、あとお米、食パン。。。
 思いつけば早いもので、今日は小エビとセロリでトマトソースパスタを作ろう、と思って、ジャイアントという行き着け(というか宿舎から一番近い)スーパーに寄って追加で欲しい小エビとセロリを買い、宿舎へ。。。
 結果、トマトソース、という素敵なものではなく、ナポリタン風味な味付けになり、それでも先生とか藤野さんとかが美味しいと言ってくれたから、ほっと一安心して、こんな日記めいたブログをつらつらと書いている午後十一時。
 読了お疲れ様でした。


 そんなこんなで、明日も引き続きのんびりして、明後日にはしんがぽーです。

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06.08.24

朝の空中遊泳

 朝。
 目覚めきらない朝日の中を鳥が鳴き騒ぐのを聞いて、「もうそんな時間か」と思う。
 スクーリング施設には窓がない。
 窓がなければ陽も射さないから、時間の流れを忘れていられる。
 それでも温度や音は時間に絶えず翻弄されているから、
 空気を抱える施設の空間にも朝の匂いは充満している。
 その中を、寝ているクラスメイト達を起こさないように、歩く。
 足音、息遣い。
 全ての音が空気にとけ込むように、歩く。


 それがまるで泳いでいるみたいで楽しい。
 それは日本の実家にいた時も同じで、
 そう考えれば別に初めてじゃないのだけれど、
 こんな風に誰かとの共同生活をしてみると、それの本当の楽しさがわかる。
 他人を思うというのは、
 実際その程度の事が普通であって、
 それより過不足があれば、
 程度の差こそあれ確実に相手に正のベクトルは与えない。
 そんなことに今更気付けた気がする。

 
 朝の空気は静かで、
 一人分の個体が通り過ぎるだけで、
 混ざらなくて良い程に空気は混ざり、
 そこに風が生じてカーテンを揺らす。
 ゆらり。
 それが羽立の旦那を起こさないか心配になるけれど(彼は入り口の一番傍で寝ている)、
 彼はまだ文句を言ったりしない。
 それが彼なりの優しさだし、
 それを僕も嬉しいと思う。


 共同生活は楽しい。
 相手との距離感をとる。
 それは難しいこと。
 一線を越えようものなら破綻がちらついて、
 そこから身を引くと破綻が押し寄せる。


 共同生活は楽しい。
 友達を知っていく。
 それは嬉しいこと。
 知らなかった部分を見つけるたびどこかで音がして、
 知っていた部分を掘り下げる。


 作品と対峙すること以上に、
 今、
 みんなを見ていたいなんて、
 未熟なりにも思ってみたりする。
 

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06.08.21

looking back

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 振り返れば、結構な量の写真を撮ってきた事に気付く。出発してから120ブローニーで韓国までの間に480本。
マレーシアに来てまた撮っているから、もう500本はいったと思うけれど、そんなに大量の写真と向き合うのが楽しいと思えるのは、やっぱりその写真が記念写真とは全く違った物であっても、一枚一枚に大なり小なりの思い出が付随してるからなんじゃないのかなぁとか思う。
 そしてこんな大量のネガ現像とベタのプリントをせっせとやってくださったABE氏にはほんとにほんとにほんとにほんとにほんとに、感謝してます。生き殺しにしたみたいで申し訳ない。。。
 けれど、そんな色々な人からの協力あっての写真群。もう完全に情は移ってます。
 ネパールまでの300本の中から、約80枚のセレクトを出してみた。これがまた半分以下にまで減ると思うと、頭が重い気がするけれど、それがまた楽しみだったりする。


 頑張るぞー。せれくと。

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06.08.19

再会してみて

 らんでぶー。
 マレーシアに来たら会おうと約束していたアリーと漸く連絡がとれて、金曜日に会うことになって、宿舎を出たものの、突然のスコール(「スコールといえばいつも突然じゃない」としらっとしたセリフは呑み込んでいただきたい)に見舞われ、LRTの駅に着いたときには全身ずぶぬれだった。LRTは雨と風の影響で遅延して、これじゃ約束の時間に間に合わないと諦めながらも、アリーなら怒るわけもないと安堵しつつ、それでも早く動けーと祈りながらLRTでアリーの泊まってる宿の最寄り駅まで冷房で寒すぎる車内でぼけっとしていた。
 で、最寄り駅に無事着いたはいいものの、やっぱり雨はあがってなくて、というよりひどくなってて、目の前の川は氾濫してるみたいにざばざば音を立てていた。どっちが上流かわからないくらい渦を巻いていたけれど、こうやって写真で見てみると上流がどっちかは一目瞭然なんだなと思う。


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 雨宿りしようかと思ったけれど、考えてみれば屋根がない場所はそんなにない(高架下とか、雨よけとかがあるのが都市の利点じゃないかとこの時ほど思ったりはしなかった)から、歩き出したのはもう約束の時間だった。午後三時。
 でも結局宿に着いてもアリーは帰ってなくて、というのもアリーにとってもスコールは突然だったわけで、僕は久しぶりのその宿の中をぶらつきながら(ぶらつけるくらい広い。くせに中級ホテルとか言うリーズナブルな感じ)彼を待った。


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 アリーが来た。来た。エレベータに乗ってやってきた。
 再会してみて最初に受けた印象は、「こんなにコイツってハンサムだったっけ」だった。エレベータから降りてきた彼を見たときにsmartっていう単語が頭をかすめて、ワイシャツ姿の彼の前にタンクトップで立ってるのがすごく気恥ずかしかった。その後の彼の握手とハグでそれもすぐ忘れられたし、部屋に戻ってTシャツに着替えてくれたときはすごく、すごーくほっとしたけれど。
 それから隣りのレストランで甘すぎるコーヒーを飲んで、部屋に戻ってアリーが淹れてくれたミロを飲んで、夕暮れ沈む前にまた隣りのレストランで夕飯をご馳走になり、夜九時過ぎまでまた部屋に戻って話し込んだ。
 彼との話はおもしろい。最初アリーが話し始める時、自分たちからすごく近いことから話し始めるのに、アリーはどんどんその話を抽象的な具体的な、自分たちからすごく遠い次元にまでもっていってしまう。
 最初はこの二ヶ月の間、何があったとか、それでどう思ったっていう話だったのに、それがいつの間にか宗教の話になってたり、文化の差異になってたり、パキスタンと日本の違いについて議論してみたり、あるいはこれからの人生のプランを話していたかと思えば結婚ってさ。。。っていうような一般論になって、また文化論になったりその国のジェンダー論になってたり。あぁ、なんだってこいつはこんな英語じゃなく、日本語でも詰まるような話ばかりふっかけてくるんだと何度も苦笑したけれど、色々な方向へ考えのベクトルが向いて、それが収束していく過程がおもしろいから、それでいいやと腹をくくっていたら、結局九時を回ってしまっていた。
 それからエレベータホールでツーショットを撮り、僕はみんながいる宿舎に帰ろうとした。
 のに、帰りの電車代まで。。。そんな、申し訳ないです。


 そういう、なんというか訪ねてきた人をもてなすという風習は日本でもあるんだろうけれど、アジアのほうに来るとそれがいっそう露骨になる。それを以前カンボジアでも思ったし、今回も思った。そこまでよくされると、なんだか恐縮してしまうのは日本人の性質なんだろうな、と思う。


 また会おう、の一言って、やっぱり嬉しいもんなんだなぁ。

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06.08.18

風と雲の隙間を見つける

 Putrajayaという町へKLIAtransitという電車に乗って行ってみたのは、以前ウォンさんに自分のFWテーマの話をした時に教えていただき、ずっとずっと行きたいと思っていたからで、その念願叶ったり、目の前に広がった風景は自分が本当に欲していた風景で、中々晴れてくれなかったのが心残りだけれど、久しぶりに自分が感動しているのを自覚できた。感動、と言っても都市の風景を目の前にして起こる感動というのは、一般の人が大自然や偉大な遺跡を前にして感じる感動とも違うし、嬉しさからくる感動とも違って(といっても僕の場合、個人的に大自然や遺跡を見ても然して感動しない、嬉しさから来る感動はいつも味わっているけれど)、静かに通奏低音がぼぅっと鳴り響くような、そんな感じで、駅からタクシーで街の中心部へ向かうあたりから始まり、壮麗なモスクの前に降ろしてもらった時、ピークに達した気がする。
 駅の周辺はいわば荒野で、作りかけの街の切れ端とか中途半端に繁茂している植物とかむき出しの地層なんかが広々とした低く開けた視界のあちこちに見つけられて、とても清々しかった。都市が作り出す荒々しい相貌がとても好きだけれど、それはあくまで人の姿が垣間見えるからで、やっぱり僕は人の生々しい姿とか自然の悠然とした姿は好きになれない。そういう、自分の好みとは真逆なものに目を向けてみるのも、たまには必要なんじゃないかとも思った。
 話は戻るけれど、ガイドブックには「KLIAトランジット下車」としか書いていなかったから歩くつもりでいたのに駅の周辺が荒野で、行政の中心にもなっているような街の中心部はどこかといえば駅から約5kmくらい離れたところにあって、駅の周りにあるのは中央病院と整備されきった道路くらいなものだから見渡せて、モスクの屋根がかすんで見えるのを見つけて、その距離に途方にくれたりした。そこに現れたタクシーは白いボディの車体で、僕が「このモスクに行きたい」とガイドブックの写真を見せると、快く乗せてくれた。メーターじゃなく交渉制で(タクシーにメーターはちゃんとついていた)、けれどこっちがびっくりするような法外な値段じゃなく、案外普通なんじゃないかと思うような言い値だったので交渉することもなく乗り込んでしまった。彼は優しかった。
 喋りだすとマレーシアの国旗の自慢話を軽くした後、街の観光案内を事細かに教えてくれた。モスクに入る際の注意から礼拝の時間の隙間、どこにレストランがあって、どこが何の建物か、どれに入ってよくて、どれは注意が必要か。そんな詳しく教えてくれるならガイドブックなんていらないと思った。ガイドブックにはたったの4~5行の説明だけなのに、現地に来るとやっぱり違うんだなと思う。最後に彼は「わかんないことあったら誰かに聞けば教えてくれるよ」と言って笑って去っていった。(実際その後3回ほど道を聞いたりして助けられた)


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 作られた街並み。その切れ端、隙間。そこを縫うように繁茂する緑。水。大きな湖に突き出るような格好でモスクが目立っていて、それはまるでどこかの国の朝廷の様。その向こう岸には新興住宅地の同じ家屋の連なり。それがどこまでも続く中にぽつぽつと高層住宅。
 そういう風景の間を歩いている途中、そのタクシーの運転手が二回すれ違って、二回ともクラクションとバイバイと手を振ってくれた。
 そのころやっとくすぶっていた雲の層が風に流されて太陽が光をこぼした。晴れた日にもう一度一日中ぶらぶらと歩きたいと思った。

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06.08.17

雨上がりの霧を泳ぐ

 雨。
 雨が降って水に地面が慣れていくにつれて、雲の色が薄くなっていく。その様をKLセントラル駅の近くの軒先で雨宿りをしながらぼぅっと見ていた。


 ついこの間、今とは全く違った状況で訪れた町にまた来ている。
 当初韓国で予定していたスクーリングがマレーシアに変更になって、個人的にはフリーに撮影しに行こうと思っていたからわざわざ独りで訪れる必要がなくなったと喜んだけれど、実際こうやって一人で町に出てみるとやっぱりこの町にはいろんな思いとか思念とかを残して来すぎた気がして、雨上がりの霧が立ち込めたりなんかすると息が苦しくなったりする。
 それでも「行ってきます」と言えば「行ってらっしゃい」と言ってくれるクラスメイトが同じ施設に宿泊していて、帰って来ればこちらから「ただいま」と話しかけに行かなくても「おかえり」がそれまでふらふらしていた気分を落ち着かせてくれる。
――日常。
 このメンバでの旅に慣れて、道中の大きな割合を個人行動で過ごしているにしろ、やっぱりみんなと過ごす時間は確かに多いわけで、こんな風に他人と関わることなんてもしかしたらこれまでもこれからも、これ以上にない気がする。
 日常になりつつあるこのメンバとの時間がもうすぐ日常じゃなくなって、そうするとまたこの町に来るときは当たり前だけれど一人か、もしくは違う人と歩くわけで、そう思うと今のこの期間がすごく大切な気がしてならない。


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 クアラルンプールの町の風景は、僕にとってまだ二度目だけれど、それでも今とこの間との間には一跨ぎでは超えられないような隔たりがある。自分の気持ちとしても、対峙する光景としても。
 雲が色を失っていくのを眺めながらそんなことを考えていた。


 雨が上がっても霧が立ち込めて撮影する気にもならなかった。
 いつもならそれでも夕暮れ近くまで街にとどまるのに、「帰ろう」と思えたのは、やっぱりそういうことなんだろうと思う。


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06.08.14

窓の向こうから射す光

 手を伸ばして空の色に触れようとしても、結局触れるのはガラス窓の冷たい感触で、その先の漠然とした空間なんて僕に把握できるわけもなく、当たり前だけれど触れることだってできない。空の色もつまりはその「空間」の部分で、僕がここに立っている「空間」とその空の「空間」の間にはやっぱり隙間の「空間」があって、それは途切れなくつながっているから、実は空の色にはもう何度となく触れているんじゃないかという気にもなったりする。


 これはある写真家が書いた環境問題に関する本で読んだイメージだけれども、たとえば僕がここに立って腕を一振りしたら、その上空まで続く「空間」を埋め尽くす空気にその動きが波及して、上空のほうで同じかそれより微弱かは分からないけれど何かしら空気の振動があるんじゃないか。そしてそれがひとつ、またひとつと増えていくのに従って大きな力になったりなんかしないのだろうかと、思い描く。


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 僕らが歩いている町は、今どんどんと変容を続けているアジアの国々に点在していて、それをひとつひとつとめぐってきたわけだけれど、個人的な感想をいえばどこも向かう方向はたいしてかわっていなくて、いずれはどこかで何かしらの破綻が待っているような気がした。そこに行き着くまでの過程にある富とか幸せとか、それと引き換えに静かな生活がどんどん消えていくのを僕らが嘆いたところで、懐かしんだところで、それは他人事。
 幸せについて考えている。
 どこにも向かえないで立ちすくんでいるこの位置と、どんどんと突き進んでいくその位置を見比べながら、次元の違いもあるんだろうけれど、幸せについて考えている。

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06.08.13

水滴

 たぶん、去年一年間取り組んでいたテーマのせいもあるんだろうけれど、やっぱり川を見ると安心するというかほっとするというか、つまりはそういう息を吐けるような気分になって、だから羽立の旦那が撮影に行くと言ったとき、邪魔しちゃわないかなとかいう心配よりも先に着いて行ってしまった。


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 川は楽しい。
 何がというわけじゃなく、川岸に座ってぼんやりしているだけでいろんな事を感じられるし、いろんなことを見過ごせる。ゴミとかヘドロとか、でも飛び散る水滴のきらきらした乱反射とか、白鷺とか魚とか、鴨とか、人の通り過ぎる儚い会話と、足音。それを水に流しながら聞いているのが好きだ。そうしてるうちにやっぱり期待してるわけじゃないけれど新しい考えがふわっと浮かんできて、それがすごくうれしい。
 「考える」という行為が不毛じゃない気がするのは、言ってみれば自分から遠い領域の「考える」があるからで、それと自分に関して「考える」のとは違いがあると思う。けれどどちらの「考える」も僕は交互にやっているようなもので、そこから逃げたいと思うときはあるけれど、そういうときに川に出られるとそこから解放されるような気がする。でもやっぱりどこかの脳細胞は「考えて」いるわけで、それでもいつもよりすっきりした頭になることができる。
 今一番気がかりなのは羽立の旦那のたんこぶで、トヨフィールドに襲われた彼が今日は一人で撮影に行ったから、今度はジッツォに襲われるんじゃないか、なんてそんなことを気にしている。


 明日にはマレーシアに戻る。

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06.08.11

花火に言葉消されて

 花火をホテルの窓から見たのは、胃痛と発熱で病院に連れて行っていただいた次の日で、その日はずっと部屋で寝ていたからいろんなことを想っていたのだけれど、花火の光とか炎の軌跡とかその音を小さく聞いているうちに色んな想いがすぅっと消えていくのを感じた。


 韓国に来てから何も想わなかったわけじゃない。
 中国に居たときと同じくらいいろいろなことを考えていたし、色んなことを思い描いたりもした。それをひとつひとつ崩してみたり、組み立てなおしてみたり、そんなこともした。
 けれど、ぼぅっとした頭が一気に冴えるような花火の光でそれが全部消えてしまって、「あぁ、なんでこんなとこに突っ立ってんだろう」っていう思いと、「そばに羽立がいて助かった」っていう思いがごちゃ混ぜになった。



 僕が韓国で見ていた風景。


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真夏の花びら

 花は古今東西人の目から見て美しいもので、それは色鮮やかだからとか、可憐だからとかそういうことじゃなく、花というもの自体が本質的に「美しい」カテゴリに属しているからで、だから動物でも虫でも花を見れば目を奪われるんじゃないかと思う。加えてそういうカテゴリがあるから、例えば動物とか人間の恥ずかしいとされることを植物に例えて表現してしまうのではないかと、そんなことも思った。
 北京の街角で見かけた花は、たぶん、今の季節だから咲いているんだろうけれど、仏教思想を根本とした考え方を持てば時間はめぐるもので、その流れで言って季節はめぐるから、この花は今年のこの季節も、来年のこの季節も、また去年のこの季節も、つまるところ、今までとこれからの両方の全ての季節に咲いて、人の視線をもらう。そう考えてみると、変わっていく町の景色ほど儚いものはないんじゃないか、と思った。人の姿も花の姿も変わらなくても、町の景色はどんどん変わっていく。そのペースがあがればあがるほど儚さは増していく。
 北京あっただろう古い町並みも、もうどんどん姿を消しているに違いないと思った。僕のテーマから言えば近代的な町を求めている旅なのだろうけれど、行く先々でそれを目にすると、やはりもの悲しい。


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 僕が思い出している歌は、真夏に咲いた花が枯れて、そういう比喩に合わせて想いが崩れていく過程を歌っているのだけれど、それに重ね合わせるように見る町の風景はやっぱり同じようなものを重ねることが出来るわけで、そうやって歩いてみると、自分が今まで歩いてきた町もやっぱりそういう要素を少なからず持っていて、そういうことに今更気付かされたというか、改めて思い知らされた。
 いつまでも変わらない町は懐かしさを残すけれど、時代からは取り残されていく。
 やっぱり都市という考えは現代の社会の上でかなりの幅をもっているし、そうだから変わらない風景を求めれば求めるほど自分の行き場所を見失ってしまう。
 それでも人は、めぐり来る季節に同じ形の花びらを見て、変わらない季節を迎えたいと思っている。

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06.08.05

葉っぱゆらゆら

 読書の季節。まだ夏だけれど、本を買った。
 こんな本が中国で売ってることにちょっと驚いたけれど、読んでいて「あー。。。」とか「うー。。。」とか考えさせられるのが楽しいから、まぁ、いいか。


 大江健三郎氏の「鎖国してはならない」
 小説以外の本は久しぶりで、でもストーリを追う読み方なんてだいぶ長いことしていないからそんな気にもならない。


 この間、中国人と筆談で戦争の話になった。というのも僕が歴史なんて言葉を軽々しく出してしまったからで、でもそういう難しい話が好きだから話せてよかったと思う。
 でも実際のところ、中国人は日本に対してどんなことを考えているんだろう。
 12億人もいたら(13か?)いろんな人がいるんだろうけれど、僕が会った中国人はほとんど友好的で、「日本(リーベン)から来た」と言うとうれしそうな顔で、いろいろ質問してきたりする。グッド、と一言だけ言って笑って去っていく人もいる。歓迎、と言ってくれた人もいた。
 でも、日本人の大部分が中国人としてイメージするのはどんな姿だろう。多分、僕が会った人はイメージの外な気がする。
 でも、戦争の話は、たぶんみんなしたいんだと思う。
 そんなことをこの本を読みながら思った。


 というのも、そういう類の話が出てくるからだ、とても辛辣に。
 教育体制とか、日本側の姿勢ががたがたなのは十分わかっているけれど、その崩れっぷりに賛同してしまう人が多いのも事実で、それをどう打開するかは日本人自身にもかかっているのに、それを知らない振りしているのも確か。でも、そこからどう修正するかなんてことを考えている人は僅かながらいるわけで、そう思えば。。。。
 そんな風に延々といろいろな方向へと考えが伸びていく。
 石飛先生に引っ張られていろいろな場所へ行ったり資料を見たりしてきたけれど、そしてその頃は忙しさにかまけて面倒ともどこかで思っていたけれど、それじゃいけないんだよなぁとも感じた。
 知りたい、という欲求のほうが上だ。
 本当のことを知りたい。
 本当のところを知りたい。
 どうなんだろう?


 中国に来てもうそろそろ中国を出る、今更、そんなところに思いが行った。
 やっぱりこの国は広いし、逞しい。
 なら、もう一度来たい、と思うのだ。
 万里の長城を見逃した今回も踏まえれば、次回への期待は膨らむ。むくむく。

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06.08.04

空色の種類

 北京に着いた。北京は上海と違って、空に薄い膜がかかったみたいにすっきりしていなくて、道はだだっ広く、街路樹も上海みたいに豊富じゃないから光の鮮やかさもコンクリートの影に隠れてしまっているようで、なんだが暗い印象を感じた。
 歩けど歩けど同じような風景。マンションの建設現場と、人のまばらな雑踏。街路樹は半端な切り口を広げて見せていて、コンビニのような資本主義!というショップは少ない。人の雰囲気は大して変わらないけれど、それでも上海が「開いている」なら北京はなかば「閉じている」ように見えた。別にそれは悪いことじゃないけれど、上海の活気のよさを見てから来ると見劣りしてしまうように感じるのは事実で、それというのも僕の基準がそっちにあるからで、やっぱり何かを見るとき基本になってしまう根底は日本の光景なんだと思った。




 今回はネットの環境上、写真をアップしないけれど、近いうちに北京の写真もここに載せたいなんて思って、ちょっと隙間を作ってみました。あしからず。


 で、中国をもうすぐ後にするわけだけれど、この中国ではなんというか、頭を使うことから逃げていたような気がして、いまさらだけど、色んなことを少しずつ考えるようにしている。そろそろこの長かったような短かったような旅も終わりを迎えるけれど、その後が確かにあるわけで、そう思うと今から少しでも考えていたほうがいいのかなぁとも思い、それに関連して芋蔓方式に色んなことが気になりだして、あぁでもない、こうでもないと色々な方向へ思いをめぐらせている。

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06.08.02

木の葉揺れれば(3)


sgkyokai_0801.JPG  月曜日にカンボジア以来久しぶりにバイクタクシーなんて乗ったのは急いでいたのに中々空車のタクシーが道に現れなかったからで、そうやって苛立ちを抑えながらタクシー待ちをしていた僕に「おい」と呼んだのがたまたまバイタクのおっさんで、そこから値段交渉の末、地元民より少し割高、くらいの料金でEMSの事務所まで飛ばしてくれた。フィルムが足りなくなることに気づいたのが成都で、西安で朋友と呼べるH.A.君によろしく頼んで、わざわざカートン近くのフィルムを上海まで送ってもらった。ほんと有難かった。いい友達とはこういうときに助けてくれるから、本当に大事にしなきゃなぁとか思ったり。
 ところで、バイタクに乗って思ったのだけれど、上海は今まで歩いた町の中でも点よりも線、線よりも面が多い町になった。何の話かというと撮影だけじゃなく自分が歩き回った場所のことだ。だいたい「ここのこれを撮る」なんて決めてかかるとそこに行くだけになるから行動(自分の中の地図)が点と点でしか表示できないような感じになってしまうけれど、それを全部放棄してみて、「とりあえずどこそこまで行ってみようか」になるとだいたいその行動(自分の中の地図)は線になっていく。それが徒歩ばかりになれば尚更で、加えていえばしつこく歩き回る時間が長くなれば長くなるほどその線は面の要素を帯びていって、気づいたころには「このエリアはこんな風」というのがだいたいわかるようになる。

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 上海は地下鉄とタクシーがすごく便利。だけれどもどうしても交通機関にお金をケチる性質だからタクシーなんて使うわけもなくて、地下鉄で適当なところまで行ってそこから歩く、というスタイルが板についてしまう。まるで東京だ。
 なんてことを思ったのはバイタクが通った道が、「初」というのが上海駅(Railway station)のすぐ西側の通りだけで、ほかの道は全部歩いたことがあった道だったからだ。別にたいした距離じゃなくて、それでもバイクですいすい行った割には15分以上かかっていたから、一息に歩こうと思える距離じゃない。そんなくらいの面積のエリアをだいたい把握していたことがなんとなくうれしくなった。別に上海っ子になったつもりはないけれど、こうやって町を知っていくんだろうなぁと思う。町を知るのと文化を知るのはわけが違う。町をいくら知ったって文化を知るには相当な時間が必要になってくるし、そこに馴染むとなったらもっと大変だというのがわかるから、僕はそこに馴染もうと思う気なんて更々なくて、だから「郷土料理」とか「各国料理」というものにも全くといっていいくらい興味がわかない。お茶の文化は素敵だと思うし、美味しかったけれど、やっぱりそれとこれとは話が別で、やっぱりそれは観光の範囲で、それ以上にはならない。でもそれでいいと思うから、住む気にはならないんだと思う。
 そんなことを考えながら今、上海でもっとも開発が進んでいるあたりを歩いてみたけれど、当たり前といったら当たり前に建設工事中の建物が多かった。その中にすごく静かな高層住宅地があって、こうやって人が住む土地が節約され、侵食していくように増えていって、過密化する都市人口を支えるんだろうなと思った。僕は都市にはあこがれるけれど、やっぱり中途半端に自然と調和しているような田舎の町が好きなんだなと思った。

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 その後豫園へ行った。豫園までたどり着いていないのに近づいただけで町並みは半世紀くらいタイムスリップしたような感じで、それら全てが観光地化されていた。今考えればなぜそこでシャッターをあまり切らなかったのかはわからないけれど、少し後悔したりもしている。
 豫園の中は静かな庭園で、日本家屋の欄間のような細かい細工のある軒が並び、それが斜陽に照らされて鮮やかに影を描く様が綺麗だった。柳の葉が風で揺れるたびに僕らも風を感じて、それが暑くて湿気た中にいる体感温度を下げてくれる。同じ風を昔ここで誰かも感じていたのかと思うと、急にまわりの建物が統一されている意味がわかったような気分になった。

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06.08.01

木の葉揺れれば(2)


 上海でもお寺に行くことができた。龍華寺。とてもきれいな名前で、その名のとおり豪華に見えたけれど、西安とか台湾とかで行ったお寺と比べるとなんだか質素な気もした。

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 僕は比較的お寺とか観光地とかには行っていないけれど、洛陽でも西安でもやっぱり行っているし、そう考えたら教会とかモスクに出入りしている回数もそこまで少なくはない。僕は無神論者だけれど、そういうところを見るのはなぜだか好きで、宗教の思想やその思想が生まれた経緯、美術や音楽なんかはやっぱり魅力的で、見ていても聞いていても飽きないし、そこに神秘性なんてものを感じなくても楽しめる要素を作れるって素敵だなと思った。
 この間安孫子と霊的なものはいるのかいないのかということについて話したのだけれど、安孫子は「怖いからいてほしくない」とか、そういう類のことを言っていて、つまりは存在そのものは信じていないのに、そこに恐怖心だけくっつけてしまっているように僕には感じられて、僕は「幽霊とか、そういうさぁ、なんていうか、いるもんはいるんだから怖がっても仕方ないんじゃない?」と言った。物理的に考えて「いない」と、頭ごなしに否定するのを僕はおかしいと思っていて、というのも物理学や科学なんかは基本的にそれを突き詰めれば突き詰めるほど神学と似てくるし(それしか信じない、という点において)、加えて言うならそういう近代科学は「神」の存在とか霊的な存在を前提において、それの存在を確かめれば確かめるほど裏切られていくというような皮肉めいた部分もあって、そういうなら「いない」んじゃないかと言われかねないけれど、神は会ったこともないからいないと僕は言い切るけれど、幽霊とかは会ったり声を聞いたりという例が後を絶たないし、そう考えたら「いる」という方に一理も二理もあると僕は思う(つまりは神様に会えれば信じるということになるけれど、実際そういうことだ)。そんなことをかいつまんで話すと、安孫子は「神はいると思うんだよね」と言った。それは一神教としてではなく、「それぞれの信者の心の中に一つ一つ神様がいる気がしたんだよね」という感じで、ミサとかに対する彼なりの感想を言った。それは僕が高校生のころ考えたこととほとんど一緒で、僕も「一人一人の心の中に神様がいて、それが退廃していって神が死んでいくから穏やかな心がなくなって、争いが起こるんだ」みたいな筋が通ってるようでどこか無理のある論旨を展開したことがある。この頃やたらにニーチェとかの影響を受けていたせいもあるけれど、それはいいとして、安孫子がそう感じたとなると、そういう風に感じた人は僕一人でも安孫子と僕だけでもないような気がしてきて、その考え方自体が特別な色合いを欠いたように思えた。それは僕にとって嬉しいことで、なんだか安孫子と近くなれたような気がしたけれど、それは僕個人の思い方の問題であって、安孫子が僕のこの話でどう感じたかはわからなかった。
 柳の葉が揺れる様を見て幽霊を想像したとか、風の温度差で幽霊を感じるとか、そういうことは日本でもどこでもたぶん変わらなくて、そうやって人間以外の存在を作り出していかないと説明がつかないものが多すぎるのが世界で、そういうわからない部分をひとつずつ解明していくのが科学なんだろうけれど、僕は科学ばかりに傾倒する気にはなれなくて、わからない部分が多くてかまわないと思っている人種で、つまり曖昧なものを比較的好き好むのだけれど、そういう僕のいわゆる趣味の部分みたいなところが安孫子とのこの話でも出たわけで、だから「いてもいいじゃん」になってしまう。
 多分こう言うとかなり反発を買うのかもしれないが、それがほとんど物事すべてに対しての考え方で、曖昧とか中庸とか、そういう適当加減がいいと思っている。
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