Lines of Sight ~それぞれのアジアへの視線~
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06.07.29

木の葉揺れれば


 上海に着いてそろそろ一週間になって、身を置いている時間が長くなれば長くなるだけその町の雰囲気というか地理というか、そういうのがわかるようになって、最近では繁華街からどうやって小道に入っていけばどんな住宅街に出れるかも把握できるようになってきたのだけれど、それというのもやっぱり日本にいるときにしつこく住宅街を捜し歩いていた時期があったからで、そう言うと変質者扱いされるかもしれないが実際やっていたのは普通目に見ればそういうことで、カメラを持って住宅街にノコノコ入っていくのは基本的に変質者扱いされて当然だと思う。だからそういう緊張感みたいなものがこちらにも必然的に肩に乗っかってくるものなのだけれど、不思議と海外となると「迷い込んだ」というような雰囲気が一番最初に来るものだから、たいしてそんな気負いも必要なくて、そう考えてみれば日本の都会で住宅街に入っていくのは「田舎者がカメラを持って迷い込んだ」ことになるのかもしれないと思ってみたりしたけれど、4×5のどでかいカメラを三脚に据えたまま抱えて、夜中の住宅街に入っていたのだからやっぱりそれは「迷い込んだ」ことにはならないんじゃないか、つまり「変質者扱いされて当然」なんじゃないかとも思える。
 それはここ数日ちょっと憑りつかれたように写真ばかり撮っていて、それで住宅街を歩く機会が何故か多くてそんなことを思ったわけだけれど、上海の住宅街はどこも垢抜けていて高層住宅ばかりというイメージが金曜日あたりまで続いていて、そのせいで日本の高層住宅街を連想したのかもしれない。もしくはただ単に自分が変質者扱いされていたときと同じ気分をどこかで味わってしまったのかもしれないけれど、それがそうなのかどうなのか自分でもよくわからないから(つまり無意識の範囲の問題だから)、なんともいえない。それはいいとして、つまりはそんな風に高層住宅のあたりをほっつき歩いていたわけだけれど、土曜日に旧市街と呼ばれるような範囲にまで足を伸ばしたあたりからその「高層住宅ばかり」というイメージがちゃんと期待通りに覆されて、なんだかうれしい気分になった。最初旧市街のエリアに足を踏み入れようとしているあたりで見えたのは聳えんばかりの高層住宅が空に突き出てる風景だったのだけれど、その仰角でそこまで近くないことがわかって、つまりそこまでの距離の間に違う古い住宅があるんだろうと期待して歩いて歩いて、気づけば一時間半過ぎていて、そろそろ脚が限界を言うころと感じ始めて(金曜日に歩きすぎたのか、それとも今までの疲労をほぐしたりなかったのか、金曜日の夜に左脚の感覚が全くなくなって歩くのがとてもつらくなってしまっていたから、土曜日は無理をしないと決めていたのだ)、引き返そうかなと思った頃に目の前に現れたのが右は高層住宅、左は旧市街の趣を残した住宅街という鮮やかなコントラストをもった道に行き着いたのだ。そんなわかりやすい構図はこの旅始まってから初めてで、こういう類のことをテーマにしていたのにそれがずっと曖昧な境界のない風景ばかりを目の当たりにしてきていたものだから、なんだか言いようもないくらいに晴れ晴れとした気分になった。

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 でも実際によくよく考えてみると、その景観の「鮮やかなコントラスト」はそのまま所得格差の「鮮やかなコントラスト」になっているのだろうし、そうであるならば(仮定ではなく前提の意味で)それを見て晴れ晴れとした気分になるのはお門違いなのかもしれないけれど、事実的にも心理的にも部外者であるこちら側からするとそれをどうこう言われても困るというなんとも淡白な意見があったりするから、気にしていられないとも思える。実際その街路を広々と使って洗濯物を干したりマンションの木々が街路側に作る木陰で涼んだりしていたのは旧市街の人々で、その生活感の丸出しなのびのびとした雰囲気は心ひきつけるものがあるからやっぱり豊かさはお金だけじゃ計れないのかなとも思わせてくれたし、それでもやっぱりクーラーの涼しい風で涼んで快適に部屋の環境を整えられるのはお金がある人たちで、だから外で涼む必要もなくて、そう思うならばやっぱりお金が豊かさを計る指標になるのかもしれないとも思わせてくれたりするから、言ってみればいろいろ思わせてくれたいい道に出会えたのかなぁと思う。
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06.07.27

晴れ間を探して(3)

 晴れ間がなかなか見えなかった中国。ラサであんなに濃厚な空を見続けたものだから物足りない気がしていたのだけれど(とは言いつつ、あの雨の匂いが好きで、それが嗅げるからという理由だけで一番好きな天気は雨だったりするのだけれど)、上海では雨のざぁっと降った次の日から晴れだした。
 晴れの定義を言えば、可視範囲の空を覆う雲の割合が7割以下の時をいうのだから、もうぎりぎりのせんで「晴れていた」わけだけれど、それで僕には十分で、ぶらぶらと10時半から17時まで写真を撮りながら歩いた。
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 外灘と日本語で言うあたりがバンドと呼ばれる上海名物テレビ塔が見える場所で、カップルやら団体やら家族連れやらで賑わっていた。
 あるカップルは川に向かって男性の方が女性を後ろから抱く形でいちゃついていたのだけれど、河口近くの川沿い、しかも高いビルとビルが両岸にあったら風が強く吹くのも当たり前で、ちょうどその時間帯は凪いでいなかったから余計にそうで、結局その女性のスカート(ワンピースを着ていた)がばさっと風でめくられてしまって、なんだか周りの家族連れとか団体がそれを見ていて、彼女は彼女でとっても恥ずかしそうに彼に抱きついてしまったりしているのも見た。
 そのとき僕は疲れて左脛のあたりの感覚がなくなりかけているのをほぐしていて(西安あたりから左脚の調子がよろしくないのだ)、コーラのペットボトルを足元に置いていた。ふと気づくと目の前に外見が、とっても失礼な言い方になるけれど、みすぼらしいおじさんが立っていた。そしておもむろにそのペットボトルを手に取った。窃盗である。まだ半分も入っているのに。すかさずそのボトルの逆端をつかむと、言い争いになった。
 ペットボトル空瓶を10本で1元になることは洛陽の龍門石窟で会った日本人のおばさんから教わっていたから知っていたけれど、今まで見てきた人はそこまで強引じゃなかった。結局奪還したけれど、かなり振られたからやっぱり炭酸が結構抜けてしまっていて、こっちの気分も釈然としないしあっちも釈然としていないから胸の辺りにもやっとした気分が残ってしまって、後味が悪くて、コーラもおいしく感じなかった。
 ベトナムのときも思ったけれど、貧富の差が激しいみたいなのは感じていた。けれど上海はうまくそれを覆い隠すような町の作りになっていて、でもふとした合間にそういう差を垣間見てしまったりする。僕が高層住宅地とかを歩いていると身なりがしっかりした人をよく見かけるけれど、高層ビル街ではそうでもなくて、高級ホテルの前は物乞いがいる。観光客が集まる場所にはそういうペットボトル回収屋がうじゃうじゃいる。
 別にそれは生きる糧を手に入れるためだから仕方ないんだろうけれど、そういうのを見て後味が悪くないわけもなくて、そのペットボトルを空にした後も手持ち無沙汰で持ち続けてしまった。捨てたのはバンドから人民広場まで降りてきた後だった。

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晴れ間を探して(2)

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 地下鉄に乗って向かった人民広場は平日だというのに(火曜日)人で溢れ返っていた。なんだか久しぶりに人酔いしそうなくらいの、人。
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 でも、この「何もしていない感じ」は久しぶりな気がして、本当はそんなこともないのだろうけれど、そのたまたまその場に集まってきた群集を眺めているのが楽しかった。こういう風に思えるようになったのは今年になってからで、それまでは群集と見ると避けていたのに、人の感じ方は変わるもので、そうやって好奇心を表に出して人の停滞していたり流れていたりする様をみていると人酔いも忘れていられる。
 それでもやっぱり群衆の中に身を置くと、予想以上に体力を使ってしまって、日が暮れる前にげっそりした気分になって、日が暮れた後、近くのカフェ(はーげんだっつ)に入った。
 ガラス越しに人ごみを見ていると、隔絶された感じがしてたいして苦にもならないのだけれど、人が群れるとなぜあぁいう停滞が必ず起きるのだろうと不思議に思ったりする。心理学的にいうなら、ある集団を作った場合、どんなに精鋭な面子をそろえたとしても1割弱ほどの人は必ず怠けてしまう、という話を聞いたことがあるけれど、それにも通ずるような心理的な作用がどこかしかに働くものなのかとか、ただ単に疲れるから停滞するのかとか、あるいはそれが群集を作る性質の人の習性なのかとか、そんなくだらないような方へどんどん考えが伸びていって(とはいってもここまでまとめて考えたのはその日の帰りの地下鉄の中だから、そのときはなんとなく感じていたくらいだと思うけれど)、そんなことをしているうちに、ガラスの前に見知った顔がつつつっっと寄ってきて、左手を僕らに向かってあげた。
 サトケン。。。。すごく爽やかな笑顔が目の前にあって、それは成都で別れたサトケンが中国でいっそう爽やかさのベクトルを掘り下げたような表情でそこに立っていた。なんだか理由はわからないけれど、そういう偶然が面白かったし嬉しかった。というのも、7月12日付でみんなこの広い中国でちらばったわけで、実際誰がどこの町に行っているかなんてみんなのブログを覗いてみないとわからないし、たとえば同じ町の中にいたとしても、その点と点が引き合うなんて結構確率は低いはずで、僕らがいた場所が繁華街だとすればその確率は上がるのかもしれないけれど、「人を隠すのは人の中」といえるくらいの人ごみのある繁華街では(しかも日が暮れた後)難しい気がする。でもひょっとすると僕らがはーげんだっつなんていうものに入っていたからわかったのかもしれないけれど、ところで、そこでガラス越しのジェスチャーによる会話が行われた(サトケンは店内まで入ってこなかった。以下の会話はすべてジェスチャーです)。
僕「おーー! お久しぶりです」
早「お久しぶりです」
サ「よっ! おひさ☆」
早「奇遇だねぇ」
サ「ね、ほんと」
僕「こっち来なよ」
サ「いや、遠慮しとくよー」
早・僕「いいじゃん、いいじゃん、来なよー」
サ「だって僕、今お腹いっぱいだし」
僕「そっかぁ、じゃぁしょうがないねぇ」
サ「うん。じゃぁ、また北京で!」
僕「そうですねぇ」
早「お元気でぇ!」
サ「では!」
 見たいな感じだった。これを全部ジェスチャーでできてしまうのが多分同じ言語圏の中で育った人たちの関係みたいなもので、なんだかいいなぁと思ってみたりした。
 それでサトケンは帰っていったのだけれど、早川さんの「なんだかドラクエ式に会うよね、みんな偶然」と笑ったのはもっともなことで、僕はインドをすっ飛ばしてきてるから前の経験がないけれど、みんな行動パタンが似てるのかなんなのかわからないけれどどこかしかで会っていて(この次の日、まさにドラクエ式に路上で荒金先輩にばったり会った。いつも通りの荒金さんリュックスタイルがなんだか素敵だった)、そう考えると偶然って結構頻繁に起こることなんだなぁと思った。この世界は偶然で成り立ってるなんていったらどこかの宗教とか哲学にいっちゃう気がするし、僕はそんな風には考えていないのだけれど、でも、偶然っていいなぁとか、そんなことを思った。
 サトケンの爽やかなベクトルを少しくらいわけてもらえたらなぁとか、そんなことを後姿に思ったり、。

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06.07.26

晴れ間を探して

 上海に着いたのが24日で、一日早まったからその移動日の午後は街へ出て上海の雰囲気をつかもうとぶらぶらしてみたけれど、なんだかすごく久しぶりの感じがする大都会で、東京とかバンコクとかが思い浮かぶような町並みだった。伊勢丹のあるあたりはバンコクのサイアム・スクエアとか六本木、新宿あたりを想像してもらえばほとんどそのままだし、ホテル近辺の住宅地はみんな高層住宅だった。
 こういう街に来てなんだかワクワクしてしまうのは、好きとか嫌いではない、憧れみたいなものが必ずどこかに混じっていて、だから飽きずにその風景をどこまでも見ていられる。
 人工物というのはその輪郭とかがすごく気を惹く。「自然の方がいいじゃない」という人がたぶん覆いと思うけれど、僕にとって自然というのは画一性を欠きながらどこまでも画一的に思えるからあまり長く見ていられない。その自然の偉大さとかを感じるような大自然の中なんかでは僕はぼぅっとするどころか、その周りにあふれてる音を探すのに精一杯になってしまう。これは僕だけの意見だから異論はいろいろあるんだろうけれど、つまりは自然を見ていても結局飽きていて、いつの間にか人の痕跡とか音とかそういう物理的なものの方に気がいってしまう。
 それに比べて人工物はその無機質な感じと有機質な感じの中間にあり続けて、それを作った人の考えてることとかがなんとなくわかるから楽しい。そういうのを見ているのが好きだ。
 話を戻せば、結局僕の育ったところと雰囲気の違う大都会の風景にあこがれているだけであって、だから高層住宅なんか見ると、高いところに暮らしている人の感じ方とかそういうのが気になってしまう。(僕は二階建ての一軒家に育ったからその感覚がわからない。)
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 次の日は僕にとってこの旅では久しぶりに朝から強い雨が降っていて、お昼近くまで部屋に待機していたのだけれど、十一時過ぎに晴れ間が見えて、日差しもだいぶ強いと感じられたので部屋を出ることにした。
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 けれど行けども行けども雨雲が後をついてくるのか、僕が雨雲の中に入っていくのか、何度も雨に降られて、そのたびに雨宿りをする羽目になった。
 けれど、上海の風景はどこまで行っても僕は飽きずにいられるから、雨もたいして気にならなくて、やっぱり僕は大自然とか田舎の風景よりも都市の風景の方が好きというか、憧れみたいなものをもって見れるのだと思う。
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 結局晴れ間がしっかり見えたのは二時過ぎで、それから街へ少し足を伸ばそうと地下鉄に乗ることにした。
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06.07.23

古都に時間の流れる(6)

 洛陽では、お寺とか世界遺産とか、そういうものをメインで見てきたわけだけど、それは町を見ていなかったわけではなく、体力的に歩ききる自信がなかったとでもいうべきか。体調がずっと横ばいのまま回復してくれなくて、ある程度歩くと疲れる、というパタンが抜け切れなかった。
 で、その流れでいった白馬寺。その名の通り白馬が門の前にいたのには笑えたけれど、堀というか、池にはミドリガメの群れ?と鯉の大群。生い茂る緑。季節には花をつける牡丹。美しい、という言葉が合うような、なんだか優雅な雰囲気のお寺だった。


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 タクシーの運ちゃんが折り畳み傘を貸してくれたけれど、雨には見舞われずに済んだ。


 その日、飛行機の手配をしていると、予定していた25日の便がキャンセルされてしまったらしく、急遽24日に移動を変更することに。。。待った。撮影、してないんじゃないの??
 ということで、のんびりと公園に行こうとしていた予定をそのまま撮影に切り替えて、街の中をぶらついた、最終日。洛陽は周が西安から遷都して作られた街だから、かなり長い歴史を持っているのだけれど、そこに広がるのはどちらかといえば西安なんかよりも近代的な高層住宅やビル。ビル。道幅は広く、路線バスは日本の電車のそれのように、張られた電線から電気をとって走る。いやはや。近代的だ。
 そこにある文字はもちろん漢字なのだけれど漢字を見ると、なぜか「古い」とか「堅い」とか「難しい」とかいうイメージがついてまわることになっていて(僕だけかもしれないが)、それを簡体字に簡略化してるとはいえ、やっぱりそのイメージを拭い去るには足りなくて、それがもしかすると、こういう近代化された町を「古都」たらしめているのかもしれない、とも思った。
 でも、実際はそれだけじゃなくて、ここに住んでいるみんなが歴史をそれなり重んじているからであって、その証拠に、今でも遷都記念の公園には人が集まり、日曜日には数学の青空授業が老人、壮年に対して行われていて、みんな生きようって意志を強く前に出していて、たぶん、言葉が通じれば歴史の話なんかをふっかけられたりするんだろうと思った。


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 そんなこんなで五時間歩き回って、最後に入った中華料理屋さんで相手をしてくれた男の子は見た目では23歳くらいのしっかり者なのだけれど、話してみると(終始簡単な英語と筆談だった)18歳で、この店には一月限りの見習いだと言う。何をしているのかと言えば「鍛錬我的意思」だそうで、それを日本語に直せば、自分の夢のための修行、とでもいうべきか。彼は洛陽の人で、日本に行ってみたいけれどチャンスがないと笑った。同じ台詞をアリーも言ったし、カンボジアの宿の娘さんも言ったし、インドで話をした青年も言った。何度となく聞いてきた。日本に対する思いって、たぶん、そういうのがマジョリティなんだろうなぁと思うけれど、実際日本に対して反感を持っている人もいるわけで、その人数が多かれ少なかれ中国と日本にはそういう歴史があるわけで、でもその歴史に対する日本の態度もどうかとは思うのだけれど、負のイメージを中国に植えつけさせてしまったあんなデモなんかもどうかと思ったりする。実際日本を好いてくれている人がたくさんいることにうれしいのは事実だけれど、その裏返しで嫌ってる人もいるわけで、でも、だからどうなんだという確たる意見が僕にあるわけではないのだけれど、なんとかうまくいかないものかなぁと思ったりする。こう思っている自分はどちらかといえば妥協してくれればいいと思っている位置にいて、そういう位置はもしかすると日本の大多数なんじゃないかとも勝手に思ったりする。
 話を戻せば、彼はとても好青年だった。この「とても」の用法が微妙に間違ってる気がするけれど、問題はそこじゃなくて、彼が夢を追いかけていると言うことで、今までのアジアを通ってくれば夢の話になればお金の話になっていってしまって、なんだかいい気分がしなかったのだけれど、彼もやっぱりお金の話になったけれど「お金、必要なんだけどね」のニュアンスでするっと通り過ぎて、もうそんな話なんてなかったように、熱心に違う話に移っていった。そのさらり感がすごく良く映って、僕はたちまち彼が好きになった。結局、「何が夢なの?」という話には流れなかったけれど、お互いが日本と中国それぞれの紹介をし合って、メールアドレスを交換してみて、そんなことをした。


 なんとなく、「古都に時間の流れる」という響きが好きになって、ここまで引きずってきたけれど、そろそろ上海だし、違うタイトルもいいなぁなんて思っているころ。上海へ向かいます。

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06.07.21

古都に時間の流れる(5)

 もう洛陽に入って四日目にもなるけれど、初日の洛陽の第一印象は「西安を二回りくらい小さくした町」だったのだけれど、そのまま一日寝込んでしまってまったく陽の光を見ずに二日目をやり過ごし、やっと三日目に動き出して見てみたら、第一印象と打って変わって「典型的な地方都市」だということがわかった。個人商店がここまで延々と軒を連ねる風景は日本では稀だけれど(大通りの端から端まで個人商店とかいう通りもしばしばあるほど)、そこが市街中心ともなればそれはそれで頷けるし、考えてみれば渋谷のセンター街なんて個人商店ばかりではないけれど(というより企業経営が98%を超えていると思うけれど)、やっぱり店ばかりだし、その筋で行けば普通だった。加えて言えば、一極集中型ではなく、多極分散型の地方都市のタイプで、日本で例を挙げるのなら、僕の知ってる町では宇都宮くらいなものだけれど(そのくらい地方都市は一極集中型が多い)、「歩ける」という距離ごとに大型デパートのようなものを中心に集まった繁華街が現れる。栄えている度合いを言ったら日本の地方都市なんかよりも活気があって、ビルもより近代的だった。
 おそるべし中国。発展は目覚しいんだなと今更だけど実感した。省都から140kmほど離れた地方都市でこうなのだから。

 そして、四日目。観光した。龍門石窟を拝もうとタクシーを駆り市近郊へと・・・。
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 観光地というのがあるだけでどんどん町に人が集まって、旅行者がお金を落として、それを足がかりにまた町が発展して、その発展した利便性に旅行者のみならずみんな満足して、また旅行者が来て、旅行者が落としたお金で町が発展して。。。
 その繰り返しで今があるのだろうけれど、そんなことよりもやっぱり古代の人がこんな風に岩崖の壁に仏様を彫ってまで崇拝したその精神構造というか、現代人(特に日本人)にみられるような神を否定しないがゆえに否定している、もしくは否定するがゆえに肯定しているような複雑で曖昧な信仰とは大きな隔たりのある向こう岸の価値観というか、そういう部分に心動かされた。
 神は人が作った思想であるのは間違いないのだけれど、でも、その「人が作った」「偉大な存在」をここまでして崇める「人」っていう種は、つくづく忠実で真面目なんだなぁと思った。そういう人たちが町を作り、生活を築き、営みを脈々と続けてきた今がここにあって、その信仰心が完全に消えたりしないからこそ、またそれを否定し切るほどの強い力(思想)が生まれないからこそ(科学はある意味神学とほとんど変わらないということを僕は前提にしている)、この石窟がこれだけの年月の間保存されてきていて、これからも保存されていくし、それをこれからもたくさんの人が観、拝むだろう。
 だから、長い目で見ればたくさんの拝観料がいただけるのだから、海外の学生でも学生割引、しようよ。。。


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古都に時間の流れる(4)

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 火曜日は西安から洛陽まで列車で移動する予定で、西安の列車の駅に朝九時前に行った。列車の予定時刻は九時で駅構内はもう人が歩くのも精一杯なくらいに人が詰め込まれていて、それでも悠々と歩く人もいるもんだから、まぁ、熱気でむんむんと暑かった。
 それから30分待っても開車時刻(つまり発車時刻)はわからず、周りの人に聞いてみると「遅れてる」みたいなことが返ってくるだけだった。そしてそのうちに電光掲示板の表示が「開車時刻未定」から「晩点19時」になった。十時間・・・?十時間。まぁ、まぁ・・・ねぇ? 仕方ないとも思ったけれど、首を傾げてしまった。(たぶんインドで慣れた人もいるんだろうけれど、インドをすっ飛ばしてきたようなものだから、十時間という時間の長さを聞いただけで僕は気が滅入った)
 十時間の遅延が前もってわかったからには当然町に戻ることになっていて、お世話になっていたホテルで洛陽のホテルに連絡を済ませて、荷物を預けて、町へ。
 そんなこんなしているうちにその前の晩から崩れ気味の体調がどんどん悪化していて、気づいたら自分の体が寒気を感じていて、明らかに熱が出始めているのがわかった。それから嘔吐感と下痢が始まって、とりあえず、やばいなということがわかった。自分でも表情がこわばってるのがわかって、ネパールのカトマンズで買ったポンチョをこのくそ暑い時期に着て歩いている外国人を町の人が振り返るのを少し楽しんではいたけれども、やっぱり辛いものは辛くて背筋を伸ばしてられなかった。
 夕方六時半過ぎに駅に戻ってみると(荷物は当然持ってきた)、今度は開車予定時刻が夜の九時半になっていて、つまり12時間の遅延で、一緒にいた早川さんは、「インドから、2回目だ」と苦笑していたけれど、僕は立っているのが面倒なくらいになっていて、チケットの予約変更かキャンセルができるか聞いてみようと提案して、そうすることにしてみたら、キャンセルはできても予約変更ができないというなんともわかりがたい状態らしく、結局、その電車に乗ることに、二人で話し合って決めた。
 それでも思っていたよりも電車は快適で、他にキャンセル客がでたのか、ほとんど空席で、乗った車両には僕ら二人以外に乗務員と客が数人いる程度だった。

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 洛陽につくと、タクシーの運ちゃんがたむろしていて、二人が駅から出るやいなや人だかり。
 午前二時半を回っている。
 もうすぐ三時だけど、この活気は何?
 その中でも一際人のよさそうなおっさんに荷物を預けてタクシー。予約したホテルへ。午前三時のチェックイン後、丸1日半、寝続けたことは言わずもがな。

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06.07.16

古都に時間の流れる(2)

 七月も半ばの土曜日に、徳田と早川さんの話に乗り気になっていたから、世界遺産めぐり(実際、最初はこんな計画ではなかったのだけれど、結局そうなった)に僕も行くことになっていて、タクシー一台をチャーターして、西安市郊外にある、秦始皇帝稜と兵馬俑と華清池に行ってきた。ちなみに二人はその前日もその翌日も同じドライバーのタクシーをチャーターしていて、二人で西安市の郊外の観光地を制覇するような行動力を見せているけれど、おかげで二人とも市内のことはホテル周辺と駅前以外見ていなくて、夜、徳田が「俺なんて市街地のことさっぱりわかんないもん」と笑ってしまうくらいだった。ところで、その土曜日に行った観光地のうち前者二つは世界遺産にも指定されていて、土曜日というのも重なってか、中国の人と外国人が五分五分位の割合で込み合っていた。人の多さに徳田がとても喜んで、彼のテーマの撮影をしている様子を見ていると、とても微笑ましい。写真の中の上にポツンと一人、下の群集にカメラを向けているのが徳田で、こういうシーンよりは、観光客に突っ込んでいく姿のほうがよく見かけて、その姿は何度見ても笑いを誘う独特の雰囲気があって、それはその行為だけではなくて、やっぱり彼のしぐさも面白いんじゃないかと思ったのだけれど、観光客でひしめき合うその中は歩けないということは全然なくて、むしろ通路はすんなり通り抜けられるくらいスムーズに行くことができた。
 始皇帝稜でもどこでも表示は中国語と英語しかなくて、仕方なくそれを訳してはみたけれど、やっぱりなんとなくしかわからなくて、でもそれでも二人は楽しめていたから、来てよかったなぁなんて思った。始皇帝稜は小高い丘になっていて、そこから見渡せる風景はきっと晴れていればもっときれいだったんだろうけど、霞があまりに深くて、すぐそこがほとんど見えなかった。
 けれど、こんな静かなところにこんな大きな墓を作ってもらって、そんな幸せを死んだら感じられないんだよなぁなんて思って、そこを後にしたけれど、今思えばその時代にそこまで割り切った考え方なんてなくて、だからあんな墓を作ったのかなどと思う。


 それから、兵馬俑。
 こちらは世界遺産らしく、とてもダイナミックな土像の列が長々と続いていて、その様と、それがこの長い時間の間ずっと土の中に埋まっていたという時間の厚さと、その様式が髣髴とさせるその時代とかがリアルに感じられて、素直にうれしかった。
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 その後に華清池に行ったのだけれど、これは世界遺産ではなくて、人はほとんどいなかったけれど、僕にはこっちの方が落ち着くというか、兵馬俑で感じたのとはまた別のタイプの時間の厚みが感じられて、楽しかった。池はしいて言うならば陳腐だったけれど、その周りの離宮だとか、庭園の作りなんかは実に東洋的で、夕暮れの光も相まってか、とてもきれいに見えた。
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 途中、華清池のほとりで早川さんに白い百日紅の花の名前を教えてもらった。百日紅を見るのは初めてじゃないけれど、その名前で意識してみるのはたぶんこれが初めてで、そういう名前を知るとうれしい。

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06.07.14

中国本土。

 でかい国に来た。のに、目の前に広がっていたのは日本の地方都市の垢抜けない風景そのもので、斜線が右側に変わって、平仮名の部分まで全部漢字で書かなきゃいけなくて、人が腹を出して歩いていて。。。という以外はなんだか拍子抜けするくらい見覚えのある風景だった。
 成都。四川省の省都でもあるこの町は、ちゃんと歴史を踏めば結構なお偉方が治めていたところらしいけれど、僕にはその偉大な歴史よりも今目の前に広がっている光景が、なんだかうれしくて、街に着いた早々カメラを持ってぶらついてみた。
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 途中、あまりに構図に惹かれて思わず撮ったら、そこがアメリカ領事館の脇の通りで、後ろから公安のお兄さんにポンポン、ポンポンッと肩をたたかれ、結局そのフィルムは没収されたけれど、それは自分の不注意からきてるから仕方なくて、でも、その後も道に座っているおっさんに「そこを撮っちゃいけないよ」と言われ、ちょっと覗いてみると軍人さんが頑張ってダッシュをしている通りだったり、そういうのを考えてみると、やっぱり日本と同じわけはないんだよなぁと思ったりもした。
 でもフィルムを没収されたからといって、僕は中国を嫌いなわけなんて全くなくて、むしろ今まで歩いてきた国の中でもしかすると一番馴染みやすい国なんじゃないかなんて思ったりしている。というのも、他のみんなはどう思っているかわからないけれど、中国の人たちは結構懐っこいけれどしつこくなくてちょうどいいし、何か困っていると裏表なくごく普通に助けてくれたりする。そういうところだけ運がいいんじゃないかとか言われるかもしれないけれど、僕はそんな風には思っていたりしなくて、つまり、いい人たちじゃんと素直に喜んでいて、だからだんだん、中国のことが好きになってきている。
 体制の違いとか、歴史の惨劇とか、そういうのはちゃんと前もって理解して認識していなきゃいけない部分だろうけれど、彼らのタフさと優しさを見てると、いいなぁと思える。
 でも、こういうオブジェをみるとでっかい脳みそしか浮かんでこなくて、そこらへんのセンスは理解しあえるまで時間がかかるのかもしれないとも思った。
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06.07.10

栞をはずして

 ラサでは酸素が薄いため、長時間歩き続けることができなくて、それでも3時間とか無理をしてみると酸欠にほど近い症状で、頭痛になる。それでも歩こうものならたぶん意識だって朦朧とするんだろう。だから、ちょうど2時間半くらいで宿に着くように逆算して歩くことにしていて、そうすると、時間がいやに余る、なんてことになる。
 普段は撮影、という幅の時間はだいたい短くて四時間くらいは歩き続けている時間になっていて、その時間の合間に昼食とか、便局に手紙を出しに行くとか、ちょっと気になった店に入るとかしていて、そうなるとその「撮影」時間はどんどん延長されていくことになっていて、たとえば朝十時にホテルを出て、大半が徒歩で夕方六時まで宿に帰ってこないなんてこともままある。
 だから言ってみればラサでは特に何もしていなくて、その結果本を読むペースが格段に上がる。
 ラサに入るころに読み始めた本が、さっき読み終わった。そうすると、ずっと栞に使っていた写真は行き場を失って、その本の最初の開きか、もしくは次の本にでもはさまれることになる。
 その瞬間が好きだ。


 読んでいた本は池澤夏樹著の「マシアス・ギリの失脚」だった。
 二回目の復帰のときに、「そんな短期間のうちに何度も読み返すのはちょっと。。。」と思って、持って来た本は二冊とも長編だった。なのに、復帰からちょうど二週間で両方とも読み終わってしまって、そんなことになると薄々感じてはいたものの、なんとなく落胆だった。
 でも、二冊とも楽しく読めたし、いいのではないか、とも。


 感想をいえば、池澤夏樹さんの小説はどうも、「巧すぎる」という気がする。
 いくつかのストーリーを幾重にも編みこんで織り上げるのに、最後にさらりとそれを水に流していってしまう。そういう描き方がとても好きだ。そして読んだ後に、そのストーリーがどんなに穏やかでも不穏でも心に残す色合いは澄み切った感じなのだ。それがいい。


 小説を読みながら、ストーリーの味を楽しみ、その一方でその文体を愉しむ。
 どちらかといえば客観的な読み方をすればするほど小説は深いところまではまりこんでいくもの。
 だから、当初の読みのとおり、たぶん持ってきたこの二冊は何度となく読み返すんだろうけれど、この短期間に五回も六回も読むのかぁと思うと気が重くなる。
 そうならないように、空気の密度が上がったらまた撮影の時間を延ばそうと思って、ラサを後にする。
 最後の晩。星がきれいです。

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06.07.08

アリーからの手紙

 今日、ラサを一日歩き回って、久々にカメラを構えた。
 みんな好奇の目で僕を見て微笑む。けれど、その先の言葉は何も理解できなくて、彼らの言葉は相手である僕の思考に引っかかることなく宙に浮かぶだけだ。でも、それでも彼らはたいてい優しげな笑顔を見せたり、目と目の会話ができてしまったりするから、それでもいいのかなぁなんて思う。
 でも、絶対通じることのない相手に言葉を放つって、どういう心境なんだろう。
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 コーラを4元と言われて「3?」と指で言ったら「4」とやられ、また「3?」とやって・・・。そんなことを七回くらい繰り返して結局3元でコーラを買って、今ネットの前に座ったら、アリーからのメール。
 なんだか、すごくうれしかった。
 アリーからの本気な言葉に柄にもなく感動してしまった。
 彼はイスラム教徒だから、メールの内容は「心から神のご加護を」みたいなセリフだったけれど、今の僕にはそれがすごく優しく響いて、もし彼が目の前にいて、本当に手を差し伸べられたりでもしたら改心してしまっていたかもしれないと思うくらいだった。でも、結局は神の存在を信じていないからそれは架空の想像なんだろうけれど、つまり、そのくらいうれしかった。


 なんとなく、あの何気ない出会いが人生でも結構な大きさになる出会いだったような気がしてしまうのは、今の心境がそういう風だからだとは思うけれど、つくづく友達に恵まれているのかなぁなんて思った。
 出会いがあるなら別れがある。そこから逃げようとしていた自分とか、でも、逃げなくてもそこにいてくれた仲間とか。そういうことに気づかせてくれるアリーには、今は遠いけれど、また会いたいなと思った。

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06.07.07

季節を身にまとう

 気づけばもう七夕で、星に願いを、なんて一言が今夜の空が澄み切ればいえるんだろうけれど、今夜の天気がどうなるかわからないから、綺麗な星空が見れればいいなぁなんて思いながらまだ夕焼け空の青い空を肩越しに振り返ったりしている。

 この何ヶ月の間に季節が変わっていくのを体になんとなく感じながら歩いているけれど、それも無理はなくて、この短い間に季節は変わっていなくても、自分たちがある気候帯から違う気候帯へと歩いているからで、実際にはそんなに長い時間を一所で過ごすような季節の変遷を僕たちは感じちゃいない。ただなんとなく自分の体がその土地の習慣なり、光景なり、気候なりに慣れてきたころに外に出て行くから違和感みたいなものを覚えるし、それはそのまま季節の変わり目のようななんともいえない感覚を体のあちらこちらに否応なしに呼び起こす。その不快だったり快適だったりする感覚がなんともいえない。

 僕はこの旅の途中、私事で二回ほど帰国しているけれど、それが五月と六月だったにもかかわらず、僕の体には晩春や初夏のような何かが始まる息吹の季節のようには感じられなくて、それがどうしても乾ききれない初秋の空気に感じられて、しばしば困惑したりもした。服装にしろ、言葉にしろ。


 でも、そんな貴重な体験をできるというのは素敵なことなんだろうと感じる。

 そして今僕らがやってきたのはチベットなんていう、普段じゃ感じられないような空気の薄い気候の土地で、それでもそこに人が住んでいて、生活をしていて、たぶん違った季節には違った様相を見せる町で、たまにおこる頭痛をなぁなぁになだめながら、それもある種の季節として感じている(少なくとも僕自身は)。だから、今のチベットが夏なんだか秋なんだかっていうのは写真を撮る際には考慮したりもするんだろうけど、もしくは長く生活を送る彼らからすれば大切とまではいかなくても頭の片隅に感じていることなんだろうけれど、今の僕には秋の澄んだ空しか連想されなくて、そういう時に七夕、と聞いてもピンとこなかったりする。

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 それでも今夜くらいは星が見れたらいいなぁなんて思ったりするのは僕が日本人だからなのかな、なんてことを思ったりもする。この曖昧でやわらかい発音を抱え込んだ日本語をこんな遠方の地で打ち込んでいることを微塵も不思議と感じない、というのは何かしら感覚が欠如してるからなんだろうけど、それでもこの言葉を話して、この言葉で考えて、この言葉の中で受け継がれてきた文化みたいな、そんなものを持っていられることをいいことなんだなと思える。

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06.07.04

町を歩いて。

 先日、ナガルゴットというカトマンズ盆地の辺境の町でクラスメイト六人が写真展を行って、僕もそれを見にナガルゴットまで行ってきた。その途中にバクタプルという小さな町があって、ローカルバスの車窓からその街並みを見たら、何故だか無性に行きたくなってしまって、なんともいえない無鉄砲ぶりは昔からで、自分が「こうしたい」と思ったら突っ走る性分らしく、今回もそこからもれずに写真展を見終わるやいなや、行ってきてしまった。

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ここはカトマンズからローカルバスで一時間強。車で飛ばせば1時間かからない距離だけれど、なんせバスのエンジンはへたっていて、ぎゅうぎゅう詰めのバスはのたのたと幹線道路を走っていく。
そしてそのバスがバクタプルに止まる。
バクタプルは中継の町だ。
しかし、そこには僕が外から見ただけではわかり得なかった、静かな、本当に静かな生活があった。
昼間。
日差しは強く、舗装されていない道は砂埃が舞う。
建物はレンガ造りで紅く、その色とその後ろに広がる水田の青々とした緑と、晴れ渡った空のブルーがコントラストを描く。


あぁ。ここにも人は息づいている。


当たり前のことなのに、それがなぜかうれしかった。


その町には宗教に関連した建物がいくつもあって、一本路地を抜けるごとに何かしらに出会う。
池。
祠。
寺。
堂。
花。
手向けられた花は鮮やかで、それは生きた花なのにその色を保っているというのはつまり、誰かが毎日ここに訪れるということで、宗教を理解しない僕もなんとなく胸が温かくなるのを感じた。
気温は30度をゆうに超えて、たぶん40度近かった気がする。
灼ける肌は、でも風を感じるたびに涼しさを覚え、
町の人が賑わう池のほとりで水浴びをしている子供たちが、水滴を光らせて、歓声を上げる。
僕がカメラを向ければ、その歓声もいっそう賑やかさを増して、うれしそう。


この町にも僕がいられる、つまりそういう利便性があって、公衆トイレだったり、日本でも買えるような製品が並んでいたり。
そういう町ではあるけれど、画一的に均されたようには見えなくて、
むしろ、この土地の文化をきれいに残したまま、必要なものをつつましく、たくましく受け入れているようにも感じた。


途中、葬儀の列とすれ違った。その雰囲気は日本のそれのように重苦しい雰囲気ではなく、どちらかといえば、故人を送り出す爽やかさがあった。
そこにある香の匂い。
その花の鮮やかさ。
すべてはその故人へのささやかな祈りであって、
そういう要素は、こういう町に相応しい。


レンガ敷きの道は、今日も太陽の光に灼かれている。
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06.07.03

湖を探しに。

 みんなと比べたら大した事もしていないのに、それでも体はそれなりに疲れていて、精神的にもよろしくなくなってきていた。25、26日と連日で飛行機移動なんかをしていたから、最初は「もう当分移動なんかしないで、ポカラもキャンセルしよう」と思っていたのだけれど、早川さんと話が進んで、当初予定していた6月末からのポカラ行きを早めて、結局28日にポカラに飛行機で行った。

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飛行機はプロペラ機で、「まさか一列ずつじゃないよなぁ」と笑っていたのが本当になって、おもしろかった。

 それでも最初は気持ち半分乗り気ではなかったのだけれど、行ってみて、目の前に次々と光景が光をふくんで繰り広げられるうちに、僕は素直に喜びだした。
 長閑で静かな小さな町がフェワ湖の景勝地というだけで観光化され、都市化されているという、小ぢんまりとしたささやかな営みが好きだった。自然に恵まれていて、静かで緩やかな空気が流れるあたりに、早川さんも「来て良かったね」と言い、そういう一言を笑顔で言ってくれるから、本当に良かったなぁと思えた。

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 宿の住所はLakesideで、ためしにメインストリートに出ると、すぐ湖まで出ることができた。
 水のイメージが好きなくせに僕は泳げないから、海に行くのはあまり好きではないのだけれど、こういう風に目の前に湖が広がって、その周りに人がのんびりと暮らしている様を見ると、なぜだかわからないけれど、とてもいい気分になる。
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