ところで
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一太の座敷の横にあった人形。
ネパールについて、まだネパールの料理を何一つ食べていない。
一太という日本食屋さんが何故か美味しくて、そこに通いつめるように(といってもまだ二回だけれども)行っている。
日本食。
僕は生憎、とある事情で一時的に帰国していたものだから(しかも二度も)そこまで恋しいとか思う立場じゃないのかもしれないけれど、やっぱり自分が育った環境とか自分が育った味というのが自分の中のどこかにインストールされていて、だから醤油とか味噌とか、そういった味を懐かしいと感じるし、そればかり食べていても飽きることを知らないのだから、そう考えれば日本食が恋しいと思うのは当然だと思う。こうのたまってみるととてつもなく言い訳くさいが、とにかく僕はまだネパール料理を口にしていない。多分ネパールから出国するまでには本場の、しかも地元民が行くようなお店に入るんだろうけれど、よくよく考えてみれば、「地元民が行くような店」にはインドでもそんなに入っていない。
マレーシアのクアラルンプールで滞在したホテルの隣のレストランとか、ペタリンジャヤでウォンさんに連れて行ってもらった食堂とか、それを最後にそういうその土地柄みたいなものを感じられる素敵なお店には出会っていない。というより避けている。
正直なところ、インドでの食中毒の話を聞かされて気が滅入っていて、入る気がしなかった。それでベジタブル料理屋さんとか、少しランク高めのレストランに入ったり、ホテルのレストランで適当に済ませたりしていた。だから、インドについてなんて詳しく語れるわけもない。
食堂というところは、思うに、その国や地域性みたいなものが必然的ににじみ出てくるところなのだ(きっと)。カンボジアといいベトナムといい、タイといいマレーシアといい、やっぱり街ひとつ違うだけでその食堂の雰囲気はガラッと変わるし、味付けも微妙な塩加減やスパイスの加減が違っていて、それは店の違いもあるのだろうけど、何軒かはしごしてることを考えると、やっぱり地域性みたいなものがわかるんだと思う。
そう考えると、最初安易に「ネパールとインドって似てるのかなぁ」とか思っていたところを検証するような比較も、説得力に欠けてしまうのかなぁと不安に思ったりする。
とは言ったものの、やっぱりネパールとインドでは大きく文化というか、群集<人>の雰囲気というか、いろいろなところが全く違うと思う。
今までもそうだったけど、国境を越えただけで、そのあたり一帯の雰囲気がガラッと変わるのだ。それが首都→首都といった移動をしてしまうと余計にそれは顕著だ。
旅を始める頃、漠然と考えていたことは「ベトナムやカンボジアは大して大きな差異なんかなくて、タイやマレーシアは歴史的に見て雰囲気は変わるにしても、インドとネパールはやっぱり大きな差異なんかないんだろう」ということだった。けれど、ベトナムからカンボジアに来ると雰囲気は貧富の差のような経済的物理的なものだけにとどまらず、宗教観とか価値観も全く違っていて(体制が違うことを考えれば当たり前だが)、料理なんかは似ていたけれど、食堂の雰囲気もまるっきり違っていた。
ベトナムもカンボジアも活気あふれる、という感じではなかったけれど、でも、それぞれ異なった雰囲気の「活気あふれる、という感じではない」空気だった。
予想通り、発展を遂げてしまったタイとマレーシアは通ってきた国とは雰囲気を異にしていたけれど、それはどことなく台湾や日本を髣髴とさせてしまって、新鮮さは全くなかった。
ところが、だ。
インド。前にも書いたけれど、デリーでとうとう新鮮、を感じてしまって、とりあえず慣れたはいいけれど、なんとなく負けたような気がして悔しかった。
話を戻せば、インドとネパールは全然違った。言語の違いもあるのだろうけど、なんというか、どちらも活気あふれていて、人はしつこくて、なつっこくて、どこかに裏があるようでいて、誠実な人も居て・・・。そういうところは同じなんだけれど、そのあり方が違う。前に言った風に言うならばそれぞれ異なった雰囲気の「どちらも活気あふれていて、人はしつこくて、なつっこくて、どこかに裏があるようでいて、誠実な人も居て。。。」という街。うまく言えないのが惜しいけれど、とにかくそうで、ネパールの「どちらも活気あふれていて、人はしつこくて、なつっこくて、どこかに裏があるようでいて、誠実な人も居て。。。」は日本人向けというか、難易度でいったら易しくて、肩の力も抜いていられる。
で、今日はやっと、復帰二回目にして初めて、写真をまじめに撮ることができた。
ポカラに行く手配を済ませて、午後三時過ぎから日差しが夕暮れに変わる直前までふらり、ふらり、という風に歩いて写真を撮ってみた。40分くらいでフィルム5本。
羽立の旦那のブログを見て、思わず笑ってしまったけれど、やっぱり街中とかでカメラを構えて自分がシャッターを押そうというのを待っていると、それが長ければ長いほどにたくさんの人が足を止めて僕(一般的に言えば写真を撮ってる人)を見ている。(まぁ、考えてみれば羽立の旦那の場合、あれは一見カメラに見えないし、本当に分からない人から見れば不可解極まりないから、人だかりもできたのだろうが、)
インドではそうだった。そして振り向くと「俺を撮れ」
ネパールではまだそんなことは二度しか遭遇していないけれど(40分の間に二度。しかしそのうち一回は僕が構えた道の反対側、つまり僕の撮ろうとしているところに足を止めて、動いてくれなかった)、インドとは違って、どちらも強引なんだろうけど、やっぱりなんというか、やり方なのか、その人の雰囲気なのか、何かが違っていた。
で、そのうち一組はデジカメで撮ってあげるとうれしいような恥ずかしいような笑みをみんなで交わしながら、「ナマステー」と言って去っていった。
たぶん高校生。
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しかし、この「ナマステ」の意味がわからない期間が長すぎたおかげで(といっても、知ったのはつい昨日の事。どこまで調べるのを面倒くさがっていたのか。。。)、「ナマステ」と聞くと、なぜだか分からないけれど、僕の頭の中では「アカスリ」が連想されて、あんまりいい気分はしない。
申し訳ないけれど、とうぶん僕からナマステは言えそうにないです。「アカスリ」







