Lines of Sight ~それぞれのアジアへの視線~
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09.12.10

ハリラヤ ハジ

2009年のハリラヤ ハジ(Hari Raya Haji)は11月27・28日でした。
またの名をハリラヤ アイディル アドハ(Hari Raya Aidiladha) 。
 
メッカ巡礼のお祝いです。
コルバン(Korban - 犠牲) とも言います。
 
なのでクアラトレンガヌ州のカンポン・パシール・ラジャ(Kampung Pasir Raja)の
アドナンさん宅へ行ってきました。
カンポンはマレー語の村。
パシール・ラジャは、パシールが砂でラジャが大様を意味しています。
昔々、クアラトレンガヌ州の大様が毎年この村の川沿いの砂地へ
キャンプをしに来ていたそうです。
それ以前は決まった名前はなかったそうなのですが、
村・砂地・大様 でカンポン・パシール・ラジャという名前になりました。
 
イスラム教徒にはいくつかの義務があって、その内の一つがメッカ巡礼です。
メッカ巡礼を終えたマレーシアのイスラム教徒たちがこの時期に一斉に戻ってくるため
空港は迎える家族や友人がたくさんいるそうな。
ハジ(haji)とはある決まった時期、作法にのっとってメッカ巡礼を終えた男を意味していて
名前に「ハジ」と付ける事ができます。女性はハジャ(haja)
だから、もしマレーシア人の名前に haji と付いていたらその人は巡礼を終えた人です。
メッカ巡礼は昔のマレーシアのイスラム教徒にとってすごく、すごく大変なことでした。。
なんせ遠いので、長期間の船旅に耐えうる体力とたくさのお金が必要だったとのこと。
しかし今は、マレーシア政府が巡礼を奨励・援助していて
タブン・ハジ(tabun haji) という金融貯蓄機関があります。
メッカの街も巡礼者の数を制限していて、みんながみんな積み立てをすれば行ける。
ということではないそうです。
 
 
KLはプドゥラヤ・バスステーションからトレンガヌ州のドゥングン(Dungun)まで。
当初、受付の人に言われた6時間をとうに越して合計10時間のバス旅。
やはりみんなの休みは一緒で、そりゃ混みますね。。
到着するとアドナンさんは迎えに来てくれていて、ドゥングンからまた1時間半。
こらまたなかなか遠かったです。
 
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昔のこの村は他の町まで道が繋がってませんでした。
村人たちは毎回ボートで川を下り1日から2日かけて
一番近くの町ドゥングンまで行ったそうです。
今はアスファルトの道路が隣の村や町まで繋がってますが、
それでも60kmくらい離れてます。
村の外の学校へ通っている子によると
パシール・ラジャの村にはマレー系の人しか住んでおらず、
その子が13才になって町の学校に通い始めて、
初めて中華系やインド系の友達ができたそうです。
あらあら、そらまた、たくさんの人がいるKLとは大違いです。

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翌朝からモスクへ行き、ハリラヤハジの始まりのお祈りをしていました。
ちなみにここの村のモスクはたまねぎ型のやつのモスクじゃないです。
初めて見ましたが、高床式モスクです。
今回もマレーの男たちがモスクへ行く時に着る「バジュ マラユ」水色を着させてもらいました。
ちょっと着慣れた風が出てるまもしれません。
  
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村や地域、年によって牛の生け贄の数は違います。
今年のこの村は雄牛1頭。
モスクでのお祈りを終えた男たちがバジュマラユを着替え動きやすい服装になり、
マイナイフをポケットに入れて始まりです。
毎年やっているだけあって、数人の男たちが
「おおっい! んっ!」と手際よく順序よく事が進んで
次から次へと肉塊へと形を変えていきました。
 
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いざ肉が各部位ごとに切り分けられると、男たちはそれを細かく切り
女たちは肉をつかった料理の準備です。
小さい村なのでおそらく働き盛りの男たち、女たちの総出の作業です。
薪を使って大釜で作るので熱いの煙いのなんのって。
 
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「ほれっ。見ろ。」 みんなマレー語しか喋らないので感じで、
 と言われ、手のひらに乗ったやや薄い色の小さい肉塊
切ってから数十分経ったはずですが、何やら小刻みに動いています。 
おっちゃんは胸の中心を数回たたいて、こら心臓ですね。 
しばらく時間が経っているはずなに、しかも小さく切られているのにおそるべし心臓です。
 
おばちゃんが持ってるのはしっぽ。
 
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作業が一段落したころ、
この日は金曜日の礼拝の日なので男たちは再びバジュマラユに身を包みモスクへ。
大人は中でお祈り、子供たちは中に入らず外にいました。
しかしバジュマラユを着てるのに中へ入らず、
片言のマレー語を話す日本人が近くにいたので、そりゃ気になりますよね。
マレー語で「しーーーっ! 集中。」って言っても全然集中できてませんでした。
 
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礼拝の後はみんなでご飯。
メニューは
1、白ご飯
2、牛肉のマレー風カレー(カレー味じゃないけど)
4、牛肉煮
3、野菜と魚煮のドリアン風味
 
もうちょっと副菜みたいのがあったかもですが、
そんなかんじのコルバン1日目のおいしい昼食でした。

 
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翌朝の早朝。
アドナンさんは竹に餅米を入れて炊いたラーマン(lemang)を作ってました。
ラマダンの後のハリラヤプアサの時もこのお米を食べましたが
ハリラヤハジの時も食べるみたいです。
お祝いの料理ですね。
 
と、この日は毎年恒例ドゥンガン市のコルバン・ペルダナ(Korban Perdena)
市の一番偉い人が牛30頭〈牛1頭は3000RM(約9万)〉プレゼントしてくれて
いろんな村や地域からたくさんの人が来て、みんなでコルバンする日です。
アドナンさんたちは青い2009年コルバンTシャツに着替え朝6時半くらいに村を出発。
カンポン・ジェランガウ(Kampung Jerangau)まで約1時間。
 
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牛料理の朝食が用意されてて、まずは腹ごしらえ。
食後の9時から一斉スタートです。
全部で30頭なので、そこら中でコルバンしてました。
しかしこれまた、どこのグループも手際がいいです。
コルバンTシャツを着てポケットにマイナイフを入れた男たちはみな職人ですね。
切る前にアッラーの何やらの言葉を唱えて、
次から次へと肉塊に変わっていきます。
 
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グループによってちょっとずつやり方が違います。 
 
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各グループによって持ち運びやすい大きさに切り分けられた肉塊は
トラックに積まれ、若者たちの元へ運ばれてきます。
 
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肉がどんどん運ばれてくるので、机の上は肉だらけの大忙しです。
一人分でだいたい1kgの量に分けられて、
さらにそこからまた村ごとの量へと袋詰めされます。
おっちゃんたちはコルバンで、若い男衆と女たちはこの仕事らしいです。
 
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贈与式のあとパシール・ラジャ分ももらいました。
けっこう重かったです。
肉はちゃんと重さを量ったりするのですが、
頭などの部分は各グループがそれぞれ村へと持ち帰り
村へ戻った後はまた細かく分けられ村人へと配られます。 
 
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ココナッツ。 
 
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おっちゃんがいつも吸ってる手製タバコ。
薄い小さい乾燥した葉っぱでタバコの葉みたいのを巻いて吸ってました。
かなり火が消えやすいですがおっちゃん曰く、うまい。と。
 
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当初は1日だけしかコルバンしないのだろう。と思ってましたが
1日目、2日目、さらに3日目もコルバンをするそうです。
じゃあ朝出発して、アドナンさんの後ろに乗って川沿いまで。
 
「スダ」 「えっ? スダ?」
 
スダ とはもう終わったとかの意味です。
残念ながら3日連続コルバンはならず。
少し流れの速い腰くらいまでの深さの川を、切り分けられた肉塊が次々と渡ってきます。
ここの静かな川辺では内臓を洗って切り分けてました。
よく日本で内臓を焼き肉で食べますが、予想以上に草がまんまんに詰まってるんですね。
あれ。 初めて見ました。
  
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腸です。
中に詰まってる何やらを草の茎を使って押し出してました。
この作業は川辺のほうがいいですね。
掃除の終わった腸は、さらさらっとまとめられます。 
 
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そして、コルバンの後はやはりみんなで牛料理。
 
マレーシアでも過疎化があるらしくて、
若者たちは勉強や仕事をする為に他の町へいかざるを得ません。
この村の若者も一定の年になると他の町の学校へと行きます。
何人かの帰郷した人と話しましたが、そういえば若い兄ちゃんをあまり見てなかったです。
話した人は街のコルバンは、ただ事をやるだけだと言っていて
パシール・ラジャの村人総出のコルバンを誇りに思ってました。
続いてほしいですね。
 
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焼きバナナ。
なにやら食べたとたんに口の水分を持っていかれますが、味は芋みたいでおいしいです。 
 
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と、そんなこんなのコルバンデイズ。
なにせ英語が通じないもので、マレー語も少しずつですがチャレンジして話しています。
サヤ ボレ チャカッ シキ バハサ マラユ。なんて。
今回も最後まで親切にしていただきました、ありがとうございました。 
 
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ではでは、次はどこへ行こうか。