ペルヘンティアン島・コタバル
ペルヘンティアン島へ
マランからクアラトレンガヌへ行き
バスステーションからクアラベスッ(Kuala Besut)へ。
途中路肩には牛やヤギがいて
あー、マレーシアも牛が道路にいるかんじなんだ
と思いながら約2時間。
そこから旅行会社に誘われるままにボートのチケットを購入。
他の国へ来たのではないかと見まごう程の欧米人の数で
自分以外は友達や家族、相方を連れていて楽しそうですね〜。
と、一人旅の寂しさを感じ
ブロンドの後ろに日本人が一人くっついて出発です。
海は凪を思わせる落ち着きで、
前回のカパス島とは比べ物にならない程の安定感。
約40分でペルヘンティアン島(Pulau Perhentian)に到着。
昔、この島はマレーシアとタイの貿易の通り道としての役割を担っていました。
なのでペルヘンティアン島の意味は止まる場所とかそんなかんじです。。
島はベサール島 大きい島(Perhentian Besar〈Big Perhentian〉)
と、クチル島 小さい島(Perhentian Kecil〈Small Perhentian〉)
の二つがあって、自分が行ったのはクチル島です。
こっちの島のほうが安宿がたくさんあります。
クチル島の真ん中に反対側の岸まで歩いて行ける道があるだけで
道路がなく観光客たちがいるビーチには車などは走ってません。
なので島から島、岸からダイビングポイントやシュノーケリングポイントまで行くのには
観光客たちはボートを使わなければいけません。
せわしなくいつも朝から夜まで、海上を滑るように走っています。
ここのビーチは数百メートルある長いビーチでロングビーチと呼ばれています。
色とりどりのパラソルが立ち並び
まさにここも、白い砂浜、青い海の南国です。
肌が真っ赤に焼けた欧米人たちが寝そべり
サングラスをかけながら本を読んだりしています。
あるいは、黒いウエットスーツに身を包み
島の回りに広がる珊瑚礁を見にダイビングツアーを
している人たちもたくさんいました。
朝日はロングビーチのちょうど正面から上がってくるため
まだ水平線に近い太陽から照らされた光が海面の揺らめきに乱反射して
きらきらと音を立てるように光っていました。
ペルヘンティアンの朝です。
ロングビーチの前はだいたい腰程の高さの浅瀬が続いていますので
気軽に泳げますし、つかれます。
気持ちいい海ですね〜。
たまにマレー人のおばちゃんたちがボートに乗って
出勤やら帰宅やらでこのビーチに出現するのですが
ビーチにいる人はほ欧米人のため、海パン一丁当たり前
ビキニももちろん普通で肌の露出が多いです。
だから、逆にあの頭を隠したスタイルがもの凄く不自然に思えてならなかったです。。
遠くから見ていると、まるで何か異物でもこのビーチに存在するような
感覚まで感じてしまいました。
夕日もロングビーチから歩いて15分くらいの反対側のビーチから見えます。
長く横に広がる雲は各々の色が微妙に違くて
青く光るものや、夕焼けに染まり赤くなるもの
その中間でやや紫色に落ち着くものもあり
また稲妻を含み、たまに光る雷雲もありました。
しかし、次第にそれらも熱帯の一つの夜の中へと沈んでゆきます。
どっちのビーチでも夕食の準備が進んでいて机が並べられ
二つの色に分かれたろうそくが各々の机の中央に置かれてます。
バーベキューもここでは定番のようです。
昼の森とは逆に暗く、静まり返った印象を与える道を進み
ロングビーチに戻ったら今度は満月が上ってきてした。
そういえば、この時は100%忘れてましたが
この日は7月7日の七夕でした。
島を離れる時に、少し沖に止まっているボートに数十分放置されました。
緩やかな波がボートを揺らしますが、
そんな揺れでもあんま長いと気分が悪くなってしまうやもしれん。
と思い、海面へ目をやります。
まるで亀の甲羅のように光がゆらゆら形作られています。
そういえば、おっちゃんが
この島にはタートルズベイってのがあって
そこにはちょうどこの7月くらいのシーズンに亀がたくさん泳いでくんだよ。
大丈夫、だいじょうぶ、見れなかったらお金返すから。ホント。
って言っていたのを思い出しました。
あぁ、だからこれが亀の甲羅に、、と思っていると
少し離れたとこに止まっている別のボートに観光客を乗せるため
波が揺れバランスを崩し変形していきました。
他の観光客たちが乗り込み
帰りの海は波もうねりもない優しい、分かってくれてる波でした。
クアラベスッからバスでコタバルへ直接行けないらしく
タクシーに乗りコタバルへ。
コタバル(Kota Bharu)はマレーシア東北部のタイとの国境も近い町です。
やや大きいこの町は「新しい町」という意味で
人口比率は分かりませんが、ほぼマレー人が町の人口を占めているでしょう。
マレーシア国内でも最もイスラム色が濃く
他の町とは違った雰囲気を持っている町でした。
また、町から少し離れた場所は
第二次大戦時の日本軍によるマレー半島上陸作戦の舞台となった場所もあります。
しかしこれまた、マレーシアの西側とは大違いで
東側は島がたくさん海があるだけあって宿がもの凄く安定してます。
西もこうなればもう少し旅がしやすいのですが。
コタバルはさすがタイとの国境近くだけあって
外国人旅行者が昔からたくさん泊まっていたのでしょう。
ここも安宿と呼ばれる宿がいくつかあります。
宿には猫やウサギがいて
猫は自由気ままに動いてて、じゃれあってました。
特に夜になると小さい虫にムキになりながら
猫の手で、ちびちびやってるのを見てるのがちょっと楽しかったです。
この今は博物館になっている建物も
第二次大戦時、タイピンの北京ホテルと同様に
日本軍の秘密警察が使っていた建物だそうです。
中には一階が戦時中のことがたくさん展示してあって
戦時中、日本軍が使った自転車作戦の自転車も展示してありました。
これはマレーシア国内には日本軍の秘密警察の建物がたくさんあるっぽですね〜。
バード シンギング コンテスト
中心地から少し離れたところでこのコンテストは開かれてます。
小難しい顔をした男たちが歌声審査員たちの審査の結果を
思い思いの姿勢で待ってました。
音の高い声で鳴き続ける鳥たちの
いったい何を基準に審査していたのかは分かりませんが
一籠に数分は費やしていたように思われます。
毎週金曜にやってます。
バスでコタバルから帰る時も
他の町でやってるのを目にしましたので
いろんなトコロでやっているのでしょう。
金曜の朝に開かれていたマーケット
今までマレーシア半島内行った中でここが一番楽しかったです。
ぜーーーんぶマレー系で、やはり他の町との違いを感じせざるを得ないです。
それと、ここで店を出してるおばちゃんたちも
いい顔してて、しびれました。
とまぁ、少し長めのマレーシア小旅行は終わりました。
次はどこへ行こうか。。。

