クリスマス
新年・クリスマス休みはどこへ行こうやら。
せっかくだからキリスト教徒のところへ行って
南国のクリスマスが見たい。と探していましたところ
ひょんなことから、
ボルネオ島はサラワク州、クチンという町の近くの、
首狩り族だった事で知られるビダユ族のロングハウス、パヤンさん宅へ行く事に。
KLに住んでいて、キリスト教徒というと華人かインド系の人なので
マレー半島かと思っていたら、まさかのボルネオ。
なぜボルネオのサラワク州にキリスト教徒がいるのでしょうか。
昔、サラワク州はブルネイの統治下にありました。
1800年代にイギリス人探検家、
その名を「ジェームズ・ブルック」がサラワクにやってきました。
ブルネイからサラワクの反乱を治めるよう頼まれ、
鎮圧した後、彼はブルネイからサラワクの王に任命されました。
「白人王(ホワイト・ラジャ)」という称号です。
ちょっと疑問に思った事があって、
サラワクにはたくさんの民族がいますが、元々の彼らの宗教はパガンといって自然崇拝です。
今、ホワイトラジャの影響で多くの人がキリスト教に改宗しました。
しかし、以前はイスラム教の国家のブルネイに統治されていたので、
その影響でサラワク州の人たちがイスラム教に改宗してもおかしくなかったのですが、
多くの人は改宗しませんでした。なぜでしょ。
聞いたのですが、答えは分かりませんでした。。
そしてエア・アジアにて KL→クチン へ。
クチンから車で約1時間半。
村の名前は、カンポン・アナライース(Kampung Annah Rais)。
この村は ビダユ族 が住んでいて、数十メートルのロングハウスが3つ残っています。
サラワク州の人口比率は、
1ー華人 ・ 2ーマレー人 ・ 3ーイバン族 ・ 4ービダユ族 となっています。
宗教も
1ーキリスト教徒 ・ 2−イスラム教徒 となってまして
この州は珍しくマレー人の人口が一番多くないし、
キリスト教徒が多いなんて知ってちょっとびっくり。
ここへ訪れる前は、民族は多様でキリスト教徒だけど
習慣とかがマレー人と似ているだろうと思ってました。
しかし、
そんなコトはまったくなく、彼らは全く別の習慣、歴史のあるビダユ族です。
まるで他の国へ来たかのような新しい文化に触れました。
ちょっと前まで、ビダユ族は ランダヤック(Land Dayak)ー 陸の民。
イバン族は シーダヤック(Sea Dayak)ー海の民。
と呼ばれていました。
どちらも、首狩り族でした。今その習慣は残ってませんが。
ホワイトラジャの前の時代まで、村々には戦士がいて戦い合っていたそうです。
米のお酒(すごく甘い)
昔は砂糖を手に入れるのがとても難しかったそうです。
なので、写真左の物を使って自分たちで砂糖を作っていたそうです。
カボチャが地面じゃなくて宙に浮いてます。
地面に作ると動物が食べてしまうから、らしいです。
この村に残っているロングハウスは全て木と竹で作られた高床式です。
通常、外の床の竹は雨風にあたるため1年で全部新しくして、
雨があたらないところは2年に一回取り替えるそうです。
なんとも、大変ですね。
ちなみに、ビダユ族の家の造り、イバン族の家の造り、
他の民族の家の造り方はそれぞれ違います。
ロングハウスは民族の伝統的な家ですが、
そりゃもうこの時代です。
ロングハウスは修理も大変、強度も弱い。
そのため今では人々はロングハウス暮らしから、
セメントで作った個々の家へと移り住んでいます。
ホントに昔から続くロングハウスに行くには川を上り、森を抜け、
深く深くまで行かないと無いらしいです。
彼らは元々 戦士 でした。
ボルネオのダヤック族(ビダユとイバン)の戦士たちは
土地や交易の理由から1800年頃に首狩りの風習が始まったとされています。
山で出会った時や、結婚したとき、
運を必要とする時にも、戦士たちは戦いに出掛けたそうです。
その理由から、敵の侵入を防ぐ為に村々はもともと丘や山の上にありました。
白人王・ホワイトラジャがサラワクの王に就いてから
風習は薄れて行き人々は平地へと移動し村をつくりました。
このアナ・ライース村は1980年の戦士が最後でした。
この村には昔、戦士たちが村を守る為に建てた建物
パンガ・バル(Panggah Baruk) が2つあります。
戦士たちは他の住居よりも少し高く建てられたこの建物から
夜番しながら村を守ったり、音楽を奏でたり踊ったりと儀式などを行っていたそうな。
一つは近年建て替えられて、観光客たちが訪れやすくなってます。
昔は頭蓋骨が200個以上あったそうなのですが
割れたり、保存が大変で今では数十個だけです。
親族たちがクリスマス休みで会社が休みなので
この時期に結婚式が行われる事が多いみたいです。
今回も2つの結婚式がありました。
パイナップルが屋根に。
1959・60年にクチンから村まで道路ができてからすこぶる便利な世の中で
昔は村からクチンまで川を3〜4日かけて下っていたのに、今じゃ1時間ちょい。
戻るときなんざ約7日。
合計で往復約10日以上ですか。。遠かったですね。
昔の家の造り 昔のタバコ
クリスマスの時期にアルバイト先で毎日毎日聞いていた音楽が聞こえてくると思いきや
動物の絶叫。
豚です。
まさか豚があそこまで絶叫するもんだとは思ってませんでした。。
クリスマスなので豚だったり鳥だったりたくさん食べるそうです。
クリスマスイブのミサ。
ミサはビダユ語で。
クリスマスの朝のミサ。
みんなちょっとおしゃれして、きっちりとした格好で来てましたが
そんなこと予想もしてなかったので普段通りの服でそこにいてしまいました。
泊まってた家の家族は昔のパガン信仰よりもぜんぜんキリスト教徒でした。
若者が言うには
95%がキリスト教で5%くらいがパガンだそうな。
でもパガンは彼らの伝統文化って言ってました。
トカゲのきっついお酒です。
なかなかこの種のトカゲはいないらしく、
見つけたら水に数日入れて不純物を出せるそうです。
それで、お酒に漬けて出来上がり。
ご飯はマレーシア半島の米よりもおいしいです。
どうだ、西マレーシアよりおいしいでしょ、米が違う。って。
この葉っぱに包んだ調理方法は伝統的炊き方の一つ。
夜にパヤンさんの友達の家へ。
マレーシアにいるとだいたいお酒はあんまり、、な場所がたくさんです。
が、ここは全くそんなコトはなく
ちょっと飲んだら、また注がれ、またちょっと飲んだら、また注がれ。
と熱帯気候でのクリスマスの飾りも新鮮ですが
この晩酌もまたマレーシアでは新鮮でした。
朝から結婚式の準備です。
昨日いた鳥たちはすでに肉塊へと姿をかえ、ぐつぐつと煮られてました。
豚の角煮くらい大きい塊で食べる事も全然ないので
ちょっとうれしかったです。
スイス人のパオロさんの研究をパヤンさんが手伝ったらしく
本を持ってまして、そこからちょっと拝借。サラワク州の各民族のいる大まかな場所です。
マレー人と華人たちはやはりほとんどが海岸で、イバン族がいろんな場所にいるみたいですね。
民族はここに書かれている人たちだけじゃなく、他にもいくつかあります。
そして結婚式。
伝統的なスタイルでやる人もいれば、現代的なスタイルでやる人もいるそうで
今回の2つともドレスとか着てましたんで、現代派でした。
ご飯も村人にふるまってまして、
日本人が一人一緒に並んでて、
おーらおらとおっちゃんたちがご飯をてんこ盛りにして、すぐにお皿はいっぱいに。
生演奏をやってたり、いろんなライトで照らしてたり
あら、ここはどこでした?
ボルネオのロングハウスがあるトコじゃなかったけ?
と思ってしまうような感じでした。
みんなマレーシアの音楽に合わせて踊ってまして
その踊りがなんとも素敵な踊りで。
まさしく今の気持ちを身体でゆらゆらと表現する、そんなかんじで
やたら楽しそうでした、素敵です。
ロングハウスはこんな感じになってます。
みんな座ってお茶したり、おしゃべりしたり。
パヤンさんと村を歩いてると、やたらみんな距離が近くて
ほらほら座って、座って。 と一杯。
なんせみんな親戚みたいなものなんでそりゃそうですね。
パヤンさんの畑へ。
畑には米があって
一つは日本と同じ水田で、もう一つは山の斜面に。
湿った米と乾燥した米があるって言ってたので、おそらくその違いでしょか。
一見するとあんまりたくさんの種類がなさそうですが
かぼちゃ、とうもろこし、バナナ、米、キュウリ、さとうきび
パイナップル、レモングラス、とうがらし、タピオカ、しょうが。
とたくさんです。
ちなみに、さとうきびはすごい甘くておいしかったです。
扇のようなやたらでっかい葉のある木にあったのは南国果物。
ビダユ語でプルタン(Prutan)、マレー語でエンプラッ(Emplap)
英語・日本語では分かりません。
KLや他の場所でもこの実自体は見た事がなく
彼ら曰く、ボルネオ特有の果物って言ってました。
いったいこの果物はなんなんでしょか。南国のフルーツの一つ?
味はものすごく濃厚で、イチジクを数倍大きくして味を南国風に濃くしたかんじです。
この大きさを2人だけで食べるのはキツいです。7人分はいけると思います。
なんせ味がごっつりしてますんで。
食虫植物もそこらへんにあります。
伝統的な、竹にご飯を入れて炊いたお米を食べさせてもらったり
収穫祭のランダヤックでやる鷹の舞の音楽を教えてもらったりしました。
竹で作った楽器です。
と、そんなクリスマスでした。
いつも、いつも快く楽しく泊まらせてもらってうれしいかぎりです。
ありがとうございます。。
そして、ちょっとのクチン。
クチンはマレー語で 猫 の意味で
一年に一回猫祭りなるものがあるそうです。
マレーシアの半島の町はだいたい
マレー、中華、インドの町ですが、ここはもう一つ
ボルネオの民族の雰囲気が加わっていて、ちょっと違いました。
そしてまたエア・アジアでKL→PJへ。
今回はすごく、すごく新鮮な旅になりました。
マレーシア半島とボルネオではあんなにも違うなんつぁ思ってもなかったです。
やはり現地に行かないと分からないことはたくさんですね。
んじゃ、サバ州もまた違うんだろう。どうなってるんでしょうか。。
サラワクには今度また行きます。 あー、楽しみ。
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