マレーシア語学留学特待生 Weblog

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マレーシア 20

このブログの一人だけやたら長いアーカイブも
とうとう2006から2010年の時を刻みました。
いやはや、時間とはなんぞや。
一体全体いつこんなに時間が経ったのでしょうか。。

もうさすがにKLを歩くのに地図は必要ありません。
この頭に入ってるのですが、、
最近のKLでの悩み事が一つ。
カメラを持ってない時は誰一人として
外国人だの日本人だの分かってくれません。
なぜ。。
ちょっとはチャイナタウンとかマーケットとか歩いてて
「お兄さん、お兄さん」 「ちょっと待って」
とか言われてもイイんですけどね。
現に日本人と共に歩く時は言われてます。
自分を越した後の人へ向かって。
そんなにマレーシア人に見えるんでしょうか・・・。
  
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2009年の11月にマレーシア・アート・エキスポ 09というものがありました。
たまにこういうのがあります。アートフェスタとか。
内容は、日本やらアジア各国、欧州数国のギャラリーの作家の作品が展示してありました。
マレーシアからも、KL・ペナン・マラッカなどなどから。
ミャンマーの作家の作品とかなかなか見る機会はないであろう作品もあって、新鮮でした。
95%は絵画、他に映像とか彫刻、写真が数点。
その場で、そこに掛けられている作品を即売してて
わりと売れてるみたいでした。
 
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ブリティッシュカウンシルの前のクラス。
このクラスにいた時に、ひょんなことからスピーキングクラブというものに入りまして
週一で自分の国をプレゼンしよう。というやつでした。
ベルギーとかイエメンとか名前は知っているけれど、どんな国かよく知らない。 
そんな人らも一緒にやって、いやいや、楽しかったですね。
良いクラスでした。 
 
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たまに行くウォンさんやアンディさんとの食事は
いつもの自分で作る鍋スパイラルから抜ける唯一の道で
しかも自分の料理とは違い、間違いなくおいしいです。
こないだ連れてってもらったKLからちょっとに離れたとこはほんとに美味しかったですね。
それと、KISSATENに新メニューが登場してました。
前は裏メニューであった鍋とか、うな重とか、ポークステーキとか、とか。
料理長曰く、いつも新メニューを考えてる。とのこと。
これは、まだまだ新メニューが登場しそうです。期待してます。
新しいメニューのほとんどは危うくお腹がはち切れるかと思いましたが
とても美味しくほおばらせていただきました。
ありがとうございました!
 
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最初はクリスマスが終わっても
一向に片付ける気配を見せない飾りにちょっとばかし不思議でしたが
We wish you a Merry Christmas and a Happy New Year
でも歌ってる ように、日本とは違うんですね。
 
2009年12月31日はKLやマレーシアの至る所でカウントダウンしたました。
紅白歌合戦もありましたが、せっかくなのでKLへ。
KLCCやブキッビンタン、メルデカスクエアでもイベントをやってまして、
いったいKLのどこに、こんなにたくさんの人がいたの??
というくらいの見た事ない混雑。
マレーシア人やら、旅行者やら、留学生やら。
人、人、人。 
と共に、大音響の音楽。
そりゃKLCCの公園もライトアップしちゃいますね。
 
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カウントダウンの数十分前から絶叫やら興奮の嵐。
ひょーーーーーー。ふぉーーーーーー。という裏声とともに
シューーーーーー。っとあらいったい何でしょう。スプレーをかけ合ってました。 
そこら中にスプレーの空き缶が散乱し、
スプレー売りの人も両手に少なくとも4本のスプレーを持って
「スプレーはいらんかね。」と狂気の中を彷徨い売り歩いてました。
そのスプレーは、というと。
糸みたいな、泡のような、すぐ消えるんですけど、そんなかんじのスプレー。
雑踏の中進む見ず知らずの人らとスプレーをかけ合う、祝い事の掛け合いしてました。
自分も、ふらっとその中へ入るやいなや
ひょーーーーーー、ふぉーーーーーー。と共に
シュッーーーーーーっ! もうそりゃ泡と糸だらけです。
 
5・4・3・2・1 !! 2010!!!
歓声。 スプレー。 花火。
みんな HAPPY NEW YEAR!!! って。
歓声。 スプレー。 花火。
 
そりゃもう、ここぞとばかりに満月の夜空へ向かって
あっちでも、こっちでも
シューーーーーーーッ!
  
と、盛り上がってました。
ちなみにこのスプレーから出るガスでしょうか、むせます。
 
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ここはパビリオンの前。
さながら野外クラブのようです。
みんなくねくね、ゆらゆらと踊ったり、
沸き上がる感情をそのままダンスにぶつけたような踊りで盛り上がってました。
そんなかんじの満月カウントダウン09−10。
 
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そして、これはパサール セニ駅のグラフィティ。
去年もここに違うのがあったのですが、どうやらと年が変わると描き変えるみたいで
1月1日に、ざっ!っとたくさんの人で描いてました。
でも、個人的には去年のが好きです。
 
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この写真に写ってる人が誰だか分かったらマレーシア通ですかね。 
 
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マレーシアの首相といえば、マハティール首相がすごい有名ですが
この方は現マレーシアの首相のナジブ首相です。
KLCCの横をふらっと歩いてたらいました。
おっ!ってやつです。
やはり地味にうれしいですね。
こないだマレーシア人の知り合いに自慢しときました。
 
 
そんなかんじに最近のマレーシア生活をしております。
いつものように心身共に元気です。
 
2010年もよろしくお願いします。
 
PJ 徳田
 


クリスマス

新年・クリスマス休みはどこへ行こうやら。
せっかくだからキリスト教徒のところへ行って
南国のクリスマスが見たい。と探していましたところ
ひょんなことから、
ボルネオ島はサラワク州、クチンという町の近くの、
首狩り族だった事で知られるビダユ族のロングハウス、パヤンさん宅へ行く事に。
KLに住んでいて、キリスト教徒というと華人かインド系の人なので
マレー半島かと思っていたら、まさかのボルネオ。
 
なぜボルネオのサラワク州にキリスト教徒がいるのでしょうか。

昔、サラワク州はブルネイの統治下にありました。
1800年代にイギリス人探検家、
その名を「ジェームズ・ブルック」がサラワクにやってきました。
ブルネイからサラワクの反乱を治めるよう頼まれ、
鎮圧した後、彼はブルネイからサラワクの王に任命されました。
「白人王(ホワイト・ラジャ)」という称号です。
ちょっと疑問に思った事があって、
サラワクにはたくさんの民族がいますが、元々の彼らの宗教はパガンといって自然崇拝です。
今、ホワイトラジャの影響で多くの人がキリスト教に改宗しました。
しかし、以前はイスラム教の国家のブルネイに統治されていたので、
その影響でサラワク州の人たちがイスラム教に改宗してもおかしくなかったのですが、
多くの人は改宗しませんでした。なぜでしょ。
聞いたのですが、答えは分かりませんでした。。

 
そしてエア・アジアにて KL→クチン へ。 
 
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クチンから車で約1時間半。
村の名前は、カンポン・アナライース(Kampung Annah Rais)。
 
この村は ビダユ族 が住んでいて、数十メートルのロングハウスが3つ残っています。
 
サラワク州の人口比率は、
1ー華人 ・ 2ーマレー人 ・ 3ーイバン族 ・ 4ービダユ族 となっています。
 
宗教も
1ーキリスト教徒 ・ 2−イスラム教徒  となってまして
この州は珍しくマレー人の人口が一番多くないし、
キリスト教徒が多いなんて知ってちょっとびっくり。
ここへ訪れる前は、民族は多様でキリスト教徒だけど
習慣とかがマレー人と似ているだろうと思ってました。
しかし、
そんなコトはまったくなく、彼らは全く別の習慣、歴史のあるビダユ族です。
まるで他の国へ来たかのような新しい文化に触れました。
 
ちょっと前まで、ビダユ族は ランダヤック(Land Dayak)ー 陸の民。
イバン族は シーダヤック(Sea Dayak)ー海の民。
と呼ばれていました。
どちらも、首狩り族でした。今その習慣は残ってませんが。
ホワイトラジャの前の時代まで、村々には戦士がいて戦い合っていたそうです。
 
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                      米のお酒(すごく甘い)
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昔は砂糖を手に入れるのがとても難しかったそうです。
なので、写真左の物を使って自分たちで砂糖を作っていたそうです。
 
カボチャが地面じゃなくて宙に浮いてます。
地面に作ると動物が食べてしまうから、らしいです。
 
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この村に残っているロングハウスは全て木と竹で作られた高床式です。
通常、外の床の竹は雨風にあたるため1年で全部新しくして、
雨があたらないところは2年に一回取り替えるそうです。
なんとも、大変ですね。
ちなみに、ビダユ族の家の造り、イバン族の家の造り、
他の民族の家の造り方はそれぞれ違います。 
 
ロングハウスは民族の伝統的な家ですが、
そりゃもうこの時代です。
ロングハウスは修理も大変、強度も弱い。
そのため今では人々はロングハウス暮らしから、
セメントで作った個々の家へと移り住んでいます。
ホントに昔から続くロングハウスに行くには川を上り、森を抜け、
深く深くまで行かないと無いらしいです。
 
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彼らは元々 戦士 でした。
ボルネオのダヤック族(ビダユとイバン)の戦士たちは
土地や交易の理由から1800年頃に首狩りの風習が始まったとされています。
山で出会った時や、結婚したとき、
運を必要とする時にも、戦士たちは戦いに出掛けたそうです。
その理由から、敵の侵入を防ぐ為に村々はもともと丘や山の上にありました。
白人王・ホワイトラジャがサラワクの王に就いてから
風習は薄れて行き人々は平地へと移動し村をつくりました。
このアナ・ライース村は1980年の戦士が最後でした。
 
この村には昔、戦士たちが村を守る為に建てた建物
パンガ・バル(Panggah Baruk) が2つあります。
戦士たちは他の住居よりも少し高く建てられたこの建物から
夜番しながら村を守ったり、音楽を奏でたり踊ったりと儀式などを行っていたそうな。
一つは近年建て替えられて、観光客たちが訪れやすくなってます。
昔は頭蓋骨が200個以上あったそうなのですが
割れたり、保存が大変で今では数十個だけです。
 
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親族たちがクリスマス休みで会社が休みなので
この時期に結婚式が行われる事が多いみたいです。
今回も2つの結婚式がありました。 
 
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                         パイナップルが屋根に。
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1959・60年にクチンから村まで道路ができてからすこぶる便利な世の中で
昔は村からクチンまで川を3〜4日かけて下っていたのに、今じゃ1時間ちょい。
戻るときなんざ約7日。
合計で往復約10日以上ですか。。遠かったですね。
 
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    昔の家の造り              昔のタバコ
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クリスマスの時期にアルバイト先で毎日毎日聞いていた音楽が聞こえてくると思いきや
動物の絶叫。
豚です。
まさか豚があそこまで絶叫するもんだとは思ってませんでした。。
クリスマスなので豚だったり鳥だったりたくさん食べるそうです。
 
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クリスマスイブのミサ。
 
ミサはビダユ語で。
 
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クリスマスの朝のミサ。 
みんなちょっとおしゃれして、きっちりとした格好で来てましたが
そんなこと予想もしてなかったので普段通りの服でそこにいてしまいました。
泊まってた家の家族は昔のパガン信仰よりもぜんぜんキリスト教徒でした。
若者が言うには
95%がキリスト教で5%くらいがパガンだそうな。
でもパガンは彼らの伝統文化って言ってました。
 
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トカゲのきっついお酒です。
なかなかこの種のトカゲはいないらしく、
見つけたら水に数日入れて不純物を出せるそうです。
それで、お酒に漬けて出来上がり。
 
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ご飯はマレーシア半島の米よりもおいしいです。
どうだ、西マレーシアよりおいしいでしょ、米が違う。って。
この葉っぱに包んだ調理方法は伝統的炊き方の一つ。 
 
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夜にパヤンさんの友達の家へ。
マレーシアにいるとだいたいお酒はあんまり、、な場所がたくさんです。 
が、ここは全くそんなコトはなく
ちょっと飲んだら、また注がれ、またちょっと飲んだら、また注がれ。
と熱帯気候でのクリスマスの飾りも新鮮ですが
この晩酌もまたマレーシアでは新鮮でした。 

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朝から結婚式の準備です。
昨日いた鳥たちはすでに肉塊へと姿をかえ、ぐつぐつと煮られてました。
豚の角煮くらい大きい塊で食べる事も全然ないので
ちょっとうれしかったです。 
 
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スイス人のパオロさんの研究をパヤンさんが手伝ったらしく
本を持ってまして、そこからちょっと拝借。サラワク州の各民族のいる大まかな場所です。
マレー人と華人たちはやはりほとんどが海岸で、イバン族がいろんな場所にいるみたいですね。
民族はここに書かれている人たちだけじゃなく、他にもいくつかあります。 
 
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そして結婚式。
伝統的なスタイルでやる人もいれば、現代的なスタイルでやる人もいるそうで
今回の2つともドレスとか着てましたんで、現代派でした。
ご飯も村人にふるまってまして、
日本人が一人一緒に並んでて、
おーらおらとおっちゃんたちがご飯をてんこ盛りにして、すぐにお皿はいっぱいに。 
 
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生演奏をやってたり、いろんなライトで照らしてたり
あら、ここはどこでした?
ボルネオのロングハウスがあるトコじゃなかったけ?
と思ってしまうような感じでした。
みんなマレーシアの音楽に合わせて踊ってまして
その踊りがなんとも素敵な踊りで。
まさしく今の気持ちを身体でゆらゆらと表現する、そんなかんじで
やたら楽しそうでした、素敵です。 
 
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ロングハウスはこんな感じになってます。
みんな座ってお茶したり、おしゃべりしたり。
パヤンさんと村を歩いてると、やたらみんな距離が近くて
ほらほら座って、座って。 と一杯。
なんせみんな親戚みたいなものなんでそりゃそうですね。
 
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パヤンさんの畑へ。 
 
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畑には米があって
一つは日本と同じ水田で、もう一つは山の斜面に。
湿った米と乾燥した米があるって言ってたので、おそらくその違いでしょか。
一見するとあんまりたくさんの種類がなさそうですが
かぼちゃ、とうもろこし、バナナ、米、キュウリ、さとうきび
パイナップル、レモングラス、とうがらし、タピオカ、しょうが。
とたくさんです。
ちなみに、さとうきびはすごい甘くておいしかったです。 
 
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扇のようなやたらでっかい葉のある木にあったのは南国果物。
ビダユ語でプルタン(Prutan)、マレー語でエンプラッ(Emplap)
英語・日本語では分かりません。
KLや他の場所でもこの実自体は見た事がなく
彼ら曰く、ボルネオ特有の果物って言ってました。
いったいこの果物はなんなんでしょか。南国のフルーツの一つ?
味はものすごく濃厚で、イチジクを数倍大きくして味を南国風に濃くしたかんじです。
この大きさを2人だけで食べるのはキツいです。7人分はいけると思います。
なんせ味がごっつりしてますんで。
 
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食虫植物もそこらへんにあります。 
  
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伝統的な、竹にご飯を入れて炊いたお米を食べさせてもらったり
収穫祭のランダヤックでやる鷹の舞の音楽を教えてもらったりしました。
竹で作った楽器です。
 
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と、そんなクリスマスでした。 
いつも、いつも快く楽しく泊まらせてもらってうれしいかぎりです。
ありがとうございます。。
 
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そして、ちょっとのクチン。
 
クチンはマレー語で 猫 の意味で
一年に一回猫祭りなるものがあるそうです。 
 
マレーシアの半島の町はだいたい
マレー、中華、インドの町ですが、ここはもう一つ
ボルネオの民族の雰囲気が加わっていて、ちょっと違いました。 
 
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そしてまたエア・アジアでKL→PJへ。 
 
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今回はすごく、すごく新鮮な旅になりました。
マレーシア半島とボルネオではあんなにも違うなんつぁ思ってもなかったです。
やはり現地に行かないと分からないことはたくさんですね。
んじゃ、サバ州もまた違うんだろう。どうなってるんでしょうか。。
 
サラワクには今度また行きます。  あー、楽しみ。
 


ペナン

先日、懐かしの島 ペナン島へ行ってきました。
 
そう、あれはもう早いもので4年前の2006年。
FWでタイから鉄道にガタゴトと揺られて着いた東洋の真珠と呼ばれているらしい島。
あのときは4泊くらいしたんでしたっけ、毎日若者らしくアクティブに動いてました。
ペナン島の道を全然知らないのに向かったバトゥフェリンギ、浜です。
2時間で頂上と聞いて登ったら4時間近くかかって、
頂上に着いたらケーブルカーで数十分で登って来た仲間とばったりペナンヒル。
フェリーで半分無理矢理行って、絶叫ブリッジやら滝滑りをしたランカウイ島。
KLに行く時にみんな飛行機のチケットとってたの地味に知らなくて、
一人でKLに向かって施設に一番乗りした。とかとか。
と、あのころは体力ありましたね〜。いやいや、若かった。
しかし、
その話がもう4年前なんて時間は音速じゃなくて光速に近いんじゃなかろうか、と思うこのごろです。

昨年のいつかに、いつも使っているプドゥラヤ・バスステーションに
新しくきれいな待合室ができました。 
そこから約6時間。→ バタワースへ。

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到着したらすでに夜が来ていました。
24時間バタワースとペナン島を繋いでいる便利で安いフェリーにてペナン島へ。
一回来ているとはいっても、あの時は街歩きをしなかったもので
土地勘は全くなく、初めて来た場所のように道は分かりませんでした。
でも、少し歩くとあら不思議。
このペナンのジョージタウンの雰囲気が他の町と比べて少し違うのを感じました。
貿易の歴史があり、昔の建物が残っているなど世界遺産に登録されるだけの場所だからでしょうか、
人口のほとんどが華人だからでしょうか、
何でかよく分かりませんが、ペナンっぽいです。 
 
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またサイクリングで何となく行こうとしましたが、
そんな無茶はもうできなくなったのでしょうか、時間節約のためバスにて
極楽寺(Kek Lol Si Temple)へ。
ここは1890年風水にて建立の場所が決められてから増築、増築、
今もまだ造り続けているマレーシア最大の寺院。
渋滞ですごく時間がかかりましたが到着。
 
ペナンはラクサという麺が有名です。魚を使った独特の香り味わいのピリ辛麺。 
 
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土産物のトンネル、そうあれです
我が地元の江の島の通りに2mmくらい似ているな、と感じながらくぐり抜け
向かった先は極楽寺。
現代風な仏像がたくさんありました。
お参りに来るのは華人だけではありません。
インド系の人たちもこのお寺へお参りしに来ます。
 
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お寺の奥に仏塔があるのですが、お寺の全貌とペナンの町並みがちょっと見れます。
何段式なのか分かりませんが、6・7段はあろうかと。
各段に金やら白やらの仏像がたくさんあります。 
 
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右上の写真によりますと、ここは開山118年ですか。
今もほんとにたくさんの人がお参りだったり、観光に来たりしています。
右下のは数十メートルはあるつい最近出来た新しい仏像です。
 
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数年ぶりに同じ場所に来るのは楽しいですね。
主立った想い出は思い出しやすいのですが、
その時のかすかな記憶さえもそこに見えるかのように扉を開き鮮明に蘇ります。
あ、このレストラン行った。とか、この道歩いた。
そういえばここはあれだ、などなど。
懐かしいの一言につきます。
もしかしたら、FW1の人はこの街並や海に見覚えがあるかもしれないですね〜。

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125cc のバイクのレースを快音をたてながらやってました。
ペナンではこういったイベント多いんでしょうか、
KLもそりゃイベントありますが、レースのイベントなんざ見た事ないですね。 
 
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やたら目立つこの建物は、
いろいろな種類のお店やら会社やらが入った60階建ての コムタ です。
昔はここで日本のお菓子を買って、日本のお菓子ミニパーティーしました。
うわっ!日本のお菓子だ!!
今はあの初々しさが新鮮で、ちょっとこなれてしまったかもです。
 
歩いたところはジョージタウンといってフェリーの発着場所からすぐの街です。
多くの建物が新しいマレーシアの建物群になっていますが
いくつかはまだ昔の香りをほのかに感じさせてくれます。
 
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と、そんな懐かしんでたらもう帰る時間です。
今回のペナン島旅行は、お寺に行きに行ったみたいになってしまいました。
それもそのはず、ペナン島は見所がいくつかあって
全部回るのにはちょっと時間を要します。今回は我慢です。
また機会があったら行ってきます。 
 
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ハリラヤ ハジ

2009年のハリラヤ ハジ(Hari Raya Haji)は11月27・28日でした。
またの名をハリラヤ アイディル アドハ(Hari Raya Aidiladha) 。
 
メッカ巡礼のお祝いです。
コルバン(Korban - 犠牲) とも言います。
 
なのでクアラトレンガヌ州のカンポン・パシール・ラジャ(Kampung Pasir Raja)の
アドナンさん宅へ行ってきました。
カンポンはマレー語の村。
パシール・ラジャは、パシールが砂でラジャが大様を意味しています。
昔々、クアラトレンガヌ州の大様が毎年この村の川沿いの砂地へ
キャンプをしに来ていたそうです。
それ以前は決まった名前はなかったそうなのですが、
村・砂地・大様 でカンポン・パシール・ラジャという名前になりました。
 
イスラム教徒にはいくつかの義務があって、その内の一つがメッカ巡礼です。
メッカ巡礼を終えたマレーシアのイスラム教徒たちがこの時期に一斉に戻ってくるため
空港は迎える家族や友人がたくさんいるそうな。
ハジ(haji)とはある決まった時期、作法にのっとってメッカ巡礼を終えた男を意味していて
名前に「ハジ」と付ける事ができます。女性はハジャ(haja)
だから、もしマレーシア人の名前に haji と付いていたらその人は巡礼を終えた人です。
メッカ巡礼は昔のマレーシアのイスラム教徒にとってすごく、すごく大変なことでした。。
なんせ遠いので、長期間の船旅に耐えうる体力とたくさのお金が必要だったとのこと。
しかし今は、マレーシア政府が巡礼を奨励・援助していて
タブン・ハジ(tabun haji) という金融貯蓄機関があります。
メッカの街も巡礼者の数を制限していて、みんながみんな積み立てをすれば行ける。
ということではないそうです。
 
 
KLはプドゥラヤ・バスステーションからトレンガヌ州のドゥングン(Dungun)まで。
当初、受付の人に言われた6時間をとうに越して合計10時間のバス旅。
やはりみんなの休みは一緒で、そりゃ混みますね。。
到着するとアドナンさんは迎えに来てくれていて、ドゥングンからまた1時間半。
こらまたなかなか遠かったです。
 
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昔のこの村は他の町まで道が繋がってませんでした。
村人たちは毎回ボートで川を下り1日から2日かけて
一番近くの町ドゥングンまで行ったそうです。
今はアスファルトの道路が隣の村や町まで繋がってますが、
それでも60kmくらい離れてます。
村の外の学校へ通っている子によると
パシール・ラジャの村にはマレー系の人しか住んでおらず、
その子が13才になって町の学校に通い始めて、
初めて中華系やインド系の友達ができたそうです。
あらあら、そらまた、たくさんの人がいるKLとは大違いです。

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翌朝からモスクへ行き、ハリラヤハジの始まりのお祈りをしていました。
ちなみにここの村のモスクはたまねぎ型のやつのモスクじゃないです。
初めて見ましたが、高床式モスクです。
今回もマレーの男たちがモスクへ行く時に着る「バジュ マラユ」水色を着させてもらいました。
ちょっと着慣れた風が出てるまもしれません。
  
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村や地域、年によって牛の生け贄の数は違います。
今年のこの村は雄牛1頭。
モスクでのお祈りを終えた男たちがバジュマラユを着替え動きやすい服装になり、
マイナイフをポケットに入れて始まりです。
毎年やっているだけあって、数人の男たちが
「おおっい! んっ!」と手際よく順序よく事が進んで
次から次へと肉塊へと形を変えていきました。
 
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いざ肉が各部位ごとに切り分けられると、男たちはそれを細かく切り
女たちは肉をつかった料理の準備です。
小さい村なのでおそらく働き盛りの男たち、女たちの総出の作業です。
薪を使って大釜で作るので熱いの煙いのなんのって。
 
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「ほれっ。見ろ。」 みんなマレー語しか喋らないので感じで、
 と言われ、手のひらに乗ったやや薄い色の小さい肉塊
切ってから数十分経ったはずですが、何やら小刻みに動いています。 
おっちゃんは胸の中心を数回たたいて、こら心臓ですね。 
しばらく時間が経っているはずなに、しかも小さく切られているのにおそるべし心臓です。
 
おばちゃんが持ってるのはしっぽ。
 
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作業が一段落したころ、
この日は金曜日の礼拝の日なので男たちは再びバジュマラユに身を包みモスクへ。
大人は中でお祈り、子供たちは中に入らず外にいました。
しかしバジュマラユを着てるのに中へ入らず、
片言のマレー語を話す日本人が近くにいたので、そりゃ気になりますよね。
マレー語で「しーーーっ! 集中。」って言っても全然集中できてませんでした。
 
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礼拝の後はみんなでご飯。
メニューは
1、白ご飯
2、牛肉のマレー風カレー(カレー味じゃないけど)
4、牛肉煮
3、野菜と魚煮のドリアン風味
 
もうちょっと副菜みたいのがあったかもですが、
そんなかんじのコルバン1日目のおいしい昼食でした。

 
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翌朝の早朝。
アドナンさんは竹に餅米を入れて炊いたラーマン(lemang)を作ってました。
ラマダンの後のハリラヤプアサの時もこのお米を食べましたが
ハリラヤハジの時も食べるみたいです。
お祝いの料理ですね。
 
と、この日は毎年恒例ドゥンガン市のコルバン・ペルダナ(Korban Perdena)
市の一番偉い人が牛30頭〈牛1頭は3000RM(約9万)〉プレゼントしてくれて
いろんな村や地域からたくさんの人が来て、みんなでコルバンする日です。
アドナンさんたちは青い2009年コルバンTシャツに着替え朝6時半くらいに村を出発。
カンポン・ジェランガウ(Kampung Jerangau)まで約1時間。
 
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牛料理の朝食が用意されてて、まずは腹ごしらえ。
食後の9時から一斉スタートです。
全部で30頭なので、そこら中でコルバンしてました。
しかしこれまた、どこのグループも手際がいいです。
コルバンTシャツを着てポケットにマイナイフを入れた男たちはみな職人ですね。
切る前にアッラーの何やらの言葉を唱えて、
次から次へと肉塊に変わっていきます。
 
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グループによってちょっとずつやり方が違います。 
 
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各グループによって持ち運びやすい大きさに切り分けられた肉塊は
トラックに積まれ、若者たちの元へ運ばれてきます。
 
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肉がどんどん運ばれてくるので、机の上は肉だらけの大忙しです。
一人分でだいたい1kgの量に分けられて、
さらにそこからまた村ごとの量へと袋詰めされます。
おっちゃんたちはコルバンで、若い男衆と女たちはこの仕事らしいです。
 
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贈与式のあとパシール・ラジャ分ももらいました。
けっこう重かったです。
肉はちゃんと重さを量ったりするのですが、
頭などの部分は各グループがそれぞれ村へと持ち帰り
村へ戻った後はまた細かく分けられ村人へと配られます。 
 
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ココナッツ。 
 
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おっちゃんがいつも吸ってる手製タバコ。
薄い小さい乾燥した葉っぱでタバコの葉みたいのを巻いて吸ってました。
かなり火が消えやすいですがおっちゃん曰く、うまい。と。
 
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当初は1日だけしかコルバンしないのだろう。と思ってましたが
1日目、2日目、さらに3日目もコルバンをするそうです。
じゃあ朝出発して、アドナンさんの後ろに乗って川沿いまで。
 
「スダ」 「えっ? スダ?」
 
スダ とはもう終わったとかの意味です。
残念ながら3日連続コルバンはならず。
少し流れの速い腰くらいまでの深さの川を、切り分けられた肉塊が次々と渡ってきます。
ここの静かな川辺では内臓を洗って切り分けてました。
よく日本で内臓を焼き肉で食べますが、予想以上に草がまんまんに詰まってるんですね。
あれ。 初めて見ました。
  
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腸です。
中に詰まってる何やらを草の茎を使って押し出してました。
この作業は川辺のほうがいいですね。
掃除の終わった腸は、さらさらっとまとめられます。 
 
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そして、コルバンの後はやはりみんなで牛料理。
 
マレーシアでも過疎化があるらしくて、
若者たちは勉強や仕事をする為に他の町へいかざるを得ません。
この村の若者も一定の年になると他の町の学校へと行きます。
何人かの帰郷した人と話しましたが、そういえば若い兄ちゃんをあまり見てなかったです。
話した人は街のコルバンは、ただ事をやるだけだと言っていて
パシール・ラジャの村人総出のコルバンを誇りに思ってました。
続いてほしいですね。
 
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焼きバナナ。
なにやら食べたとたんに口の水分を持っていかれますが、味は芋みたいでおいしいです。 
 
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と、そんなこんなのコルバンデイズ。
なにせ英語が通じないもので、マレー語も少しずつですがチャレンジして話しています。
サヤ ボレ チャカッ シキ バハサ マラユ。なんて。
今回も最後まで親切にしていただきました、ありがとうございました。 
 
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ではでは、次はどこへ行こうか。 
 


カンボジア 2 ・ マラッカ 3

泊まったホテルに以前、日本の芸能人の人が来たらしく
「ノリカ・トゥクトゥク乗りますか?」と聞かれまして、
それじゃあ、せっかくだからという事で
ノリカ・トゥクトゥクでベンメリアへ。約2時間

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アンコールワットを造る前に造ったのがこのベンメリア。
いわばミニ・アンコールワットというかんじらしいです。
 
前々からベンメリアは綺麗。と聞いていましたが
やっぱりここは綺麗です。
なにがって、たくさん崩れたりしていますが石の色が好きです。
元々の色を想像させてくれます。
これまた、完成当時はホントに綺麗ですごかったんだろうと思います。
 
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道の横ではペットボトルでガソリンを売ってます。 
 
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3年前はプノンペンからシェムリアップまでトンレサップ湖をボートで移動しましたが、 
今回はその湖をボートでぐるっと観光しました。
以前は5月だったけな、くらいだったので
乾期で水位が低すぎてボートが突っかかったりしました。
しかし、今回は雨期だったためかホテイアオイもいたるところに群生していて
心無しか湖の色も違ったように思います。
どうやら平均の水位が、乾期の時は4mで雨期が12mらしいです。
そんなに水位が違うんなら、そりゃ突っかかったりしますね。
 
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水上集落の人たちのほとんどが漁師です。
一部の地域にはベトナムからの移り住んで来た人たちが住んでいます。
家によっては、地面に杭を打って高床式にしている家もあれば
大きい船の上に家を作る、水上移動式家と言いましょうか。もあります。
豚や犬を飼っていたり、養殖をしていたり、学校があったり、
発電機で電気を作ったりと水上でもいろんな事ができるみたいです。 
 
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お寺のある小さな島があります。
雨期の時にどんなに水位があがっても、ここは何かに守られていて
何の影響も出ないらしいです。
 
この島で目についたのが、マレーシアでもよく見る華人の家や人です。
やはり明らかに顔が違っていて、カンボジアのほとんどの人がクメール人だと思っていたので
こんなところにも華人がいたとは。ちょっとした驚きでした。
 
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皮のお土産。
少年たちが、コンコンコン、と作ってます。 
 
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そして、カンボジアが終わりマラッカへ。
カンボジアはやっぱり良いですね、楽しかったです。
また行きたくなりました。 
 
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そして、空港からタクシーに乗りマラッカへ。
 
相変わらずトランスや演歌みたいな音楽を流しながら
自転車を漕ぐおっちゃんたちはシュールでファンキーです。

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ボートに乗ったり、マラッカのババ・ニョニャ料理を食べたり、
マラッカ観光も慣れたものとなってます。 
 
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泊まったホテルは、チャイナタウンにあるホテルで
アンティークがあったり、やたら奥行きがあったり
なかなか味のいい雰囲気が出てます。
 
「っぽい」です。 
 
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涼しい日本から来たというのもありますが
母親たちはマレーシアの暑さ、喧噪ににやられていました。
どうやら自分は少しばかし慣れているようです。
だから、あまり歩かないプランで
アフタヌーンティーしたりしました。 
 
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そんなこんなで、お土産においしいカヤジャムを持って
母親たちは日本へ帰って行きました。
海外旅行を楽しんでくれたみたいなのでよかったです。 
 
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カンボジア 1

母親とその友達が来たので、ちょっくらカンボジアとマレーシアを案内しました。
 
到着日は、翌日の朝エアアジアでカンボジアに発つ便だったので
空港の5星ホテルに泊まってしまいました。
マレーシアを旅行する時はいつもそこらへんの宿なので
こんなキレイな‘宿’ではなく‘ホテル’に泊まるのはどれくらいぶりでしょうか。
数年前のFWまでさかのぼらないとダメかもしれません。

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マレーシアのホテルには天井にちっちゃくメッカの方角を示す矢印があります。
ここのはちょっとタマネギ型でモスクみたいです。
部屋も広いし、間違いなく綺麗でさすがですね。 
 
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4期生がいPJにいてベトナムから紺野くんが来た時に
エアアジアが何十時間も飛ばなかったので、ちょっと気にしてましたが
問題なくカンボジアへ向けて出発。気持ち的には久しぶりの海外旅行です。
 
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空港には泊まるホテルのトゥクトゥクが向かえに来ていて
タクシーでは感じられないトゥクトゥクで風を切って走る感じや、ほこりっぽさ、
覚えてる道や建物は、数年前のFWを思い出させました。気分がいいですね。
 
FWをしていた時にアンコールワットのチケットを買った時は
横の小さい建物で写真を撮って、それをチケットにしてー
って流れだったのですが、3年も経てばそりゃ進化しますね。
カウンターにはデジカメが付いててすぐに顔写真付きチケットが発行されました。
 
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遺跡のあちこちには階段や歩く場所ができていたり、
前に来た時は普通に通っていたルートが通れなかったりと
いろいろ変わるんですね。
 
変わってないものは、やたらおいしいココナッツジュースです。
このジュースの味も好きですが、中の白い実もなかなか。
でも何がいいって慣れた手つきで鉈をふるってカットされたココナッツを
遺跡を横に飲むってのがたまらんのですね。
 
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アンコールワット。相変わらず観光客はたくさんです。
ちなみにドライバーさん曰く、アンコールワットの観光は
午前だと写真を撮る時に逆光になってしまうので午後がいいらしいです。
 
しかし、ただ遺跡を見ながら歩いてるだけじゃ何も分かりません。
そこで前からやってるのが、誰かのガイドさんの説明をちょっと聞くこと。
「ここには水があったんです。」とか
「このレリーフの意味は〜、、」とか、それを聞くだけで見え方が違くなります。
がっつり聞くのはあれですから、ちょっとだけです。
 
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しかしまあ、一人で旅をしていたら絶対に泊まらない、
泊まれないであろうホテルへ泊まるので、たまにはこういうのもいいですね。
 
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アプサラダンスショー。
一人で旅をしてたら行きにくいですが今回は見れました。 

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アンコールワットの朝日です。
ほんとは気球に乗って朝日を見るプランもあったのですが、残念それは今回はパス。
ちょっと小雨の振る中、だんだんと明るくなる空とバライに映る逆さアンコール。
最高に晴れたらもっと綺麗だったのでしょうが
そうじゃなくてもアンコールワットの朝日は綺麗です。 
 
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観光地で観光客を見ると、どうしても、
あっ、これは あれだ。って思ってしまいます。
こりゃしょうがないですね。たぶん。
 
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つづく
 


クアラ カンサー

クアラカンサー(Kuala Kangsar)へ行ってきました。
 
クアラカンサーへはクアラルンプールから電車とバスで行く事が出来ます。
しかし、電車はなにかと手間がかかるためいつものようにバスで。約4時間。
 
18世紀にスルタンがこのクアラカンサーに移って来て
今も町から少し離れた場所におっきなお屋敷を構えて住んでいます。
だからでしょうか、町並みが普通の地方の町よりきれいな所がたくさんありました。
マレーシアは昔、世界一のゴム生産の国だったのですが
最初のゴムの木の生産はここの町から始まったそうです。


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カンサー川かペラ川。どっちか分かりません。
でもこの川沿いはちょっといい感じです。 
 
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マレーシアにはモスクがたくさんありますがクアラカンサーにある
このウブディア・モスクがマレーシアで一番綺麗だと言われています。
 
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12〜17才の少年が勉強している名門のマレーカレッジ。
数々の有名人がこの学校から出ています。 
 
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地方の町の駅のホームに寄ってみると、いつも静かです。
いつかは電車に乗ってみたいもんです。どんな電車なんでしょうか。。
 
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マレーシアでは日曜日の朝から昼までマーケットが開かれているのをよく見ます。
個人的にはマーケットの雰囲気に違いはあれど
どこの町も売っているものはほぼ同じな気がします。
雑貨があったり、服、おもちゃ、野菜、魚、軽食、飲み物などなどです。
 
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マレーシアでは珍しく食べ物屋が少なかったこの町で、川が印象的でした。
と、まぁそんなかんじにクアラカンサーからKLへ。 
 
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